その18 「ごきげんさん」な出会い

 父は昨年から、週3回デイサービスに通いはじめた。

 囲碁と麻雀で頭を使い、カラオケでお腹から声を出し、お風呂に入ってさっぱりした顔で帰ってくる。スタッフの方が毎回、玄関まで送ってくださるのだが、父も毎回「わざわざありがとう」と頭を下げながら手を振っている。

 その話を友人にすると、ちょっと驚いたような反応をされることが多い。「うちの父は、いくらすすめても行きたくないって言うのよ」とか、「女性に比べて男性は、デイサービスを利用したがらないって聞いたけど」とか。どうやら世間一般では、男性の高齢者がいそいそとデイサービスに通うイメージは、あまりないようだ。

 そんな風に言われると、父は本当に楽しんでいるのだろうか…と不安になったりもする。けれど、どう考えても、あの「ごきげんさん」な表情は作り笑いではない。レアなケースかもしれないが、91歳の父はデイサービスを本気で楽しんでいるのだと思う。

 帰ってきた父に「今日は何したの?」と訊くと、上目づかいで一日の記憶を巻き戻すような素振りをする。そして、「みんな、よう親切にしてくれるわぁ」と言って、鼻歌まじりで着替えをはじめるのだ。この会話もデイサービスのルーティンになっていて、結局その日に何をしたのかは、私が根ほり葉ほり尋ねないと分からない。

 でも、まぁ、細かいことはいい。「親切にしてもらったなぁ」と思いながら一日を終わることができるなら、これほど幸せなことはないと思うから。

 父がデイサービスに通うことにした目的の一つは、同世代の方々と知り合いになることだった。

 故郷の家じまいをするまで、父にはご近所さんとの交流があった。「耳が遠いのも、もの忘れをするのも、お互いさま」と、同じように年を重ねた方々と笑い合える日常があったのだ。

 今、私と一緒に暮らしている町は、父がサラリーマン時代に住んでいた町なので土地勘はある。けれど、当時の知り合いはすでに他界された方も多く、ここでの父は新参者の高齢者だ。顔見知りはできたとしても、91歳という年齢では、故郷で暮らしていた時のような同世代の知り合いはできないだろう。それでも新しい出会いを求めるならば、自分から外に出て行くしかない。

 そこで、デイサービスの施設を何カ所か体験させてもらうことにした。段取りをして、父の背中をちょっと強めに押したのは私だが、どこに通うかを決めたのは父自身だ。選んだ理由を訊くと、囲碁の相手をしてくださった方と気が合いそうだったことや、スタッフのみなさんが親切だったことなど、決め手はやっぱり「人」だった。

 慣れるまで週1回か2回からはじめてみては…と思っていたが、いきなり週3回通うことを決めたのも父だ。張り切り過ぎて、疲れが出ないといいけれど。そんな娘の心配をよそに、父は今日も、鼻歌まじりの「ごきげんさん」で帰ってきた。

 「楽しそうだね」と何気なく声をかけたら、「せっかく行くんじゃから、笑って過したほうがええからの」と、ふいに深い言葉が返ってきた。なるほど。それが父なりの楽しみ方なのだろう。

 高齢者がイキイキと暮らす秘訣は「きょうよう」と「きょういく」。つまり、「今日、用がある」「今日、行くところがある」ことが大切だと言われているようだが、父の姿を見ていると、まさにその通りだと思う。

 朝の散歩を日課にして、週3回もいそいそと出かけて行く用がある父には、ぼんやり休んでいる暇などないのだ。

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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