その78(最終話)人生の冒険はつづく

父ときどき爺

 父は、年の瀬に餅つき、ではなく尻もちをついた。

 大事には至らなかったけれど、よろけたときに踏ん張りが効かなかったらしい。父がお世話になっている高齢者施設の看護師さんによると、半年前に転んで右肩の腱を切った影響で、咄嗟に手を伸ばしてカラダを支えるのが難しくなっているようだ。

 さて、年末年始の予定はどうしようか。例年通り、わが家で一緒に年を越すことはできるのだろうか。

 父が尻もちをついたのは、伝い歩きでトイレに行こうとしたときで、段差が全くない場所だったという。わが家のトイレには段差があるので、当然のことながら危険度は増す。寝泊まりする環境が変わると「ここはどこ?」状態になり、うろうろして転びやすくなるリスクもあるだろう。

 迷った末に、今回は父の帰宅をあきらめることにした。そのかわり、元日には施設内のレストランで一緒に食事ができるサービスがあり、家族で新年を祝うことはできる。

 そのことを父に話すと、思わぬ言葉が返ってきた。「ほうか。じゃあ、わしがみんなを招待しよう。まかせとけ。なにか買って用意しとこうか?」

 がっかりした素振りを見せることもなく、財布を取り出した父は、すぐにでも買い物に行きそうな勢いだ。この瞬間、もともと人をもてなすのが好きな父のやる気スイッチが入ったのかもしれない。大晦日に面会したときも、「明日が楽しみで眠れんかもしれん。お、乾杯の挨拶もせんといけんの」と笑っていた。

 ぺったんぺったんの餅つきではなく、ぺたんとついた尻もちで帰宅は叶わなかったけれど、令和6年の元日も家族で祝うことができた。「どこで」よりも「誰と」このひとときを過ごすか。それが父にとって大事なのだと、うれしそうに乾杯の音頭をとる姿を見て、しみじみ感じた年明けだった。

 お父さん、来年のお正月も陽気な挨拶をよろしくお願いしますね。


 2017年に連載を開始した『父ときどき爺』は、高齢の父との暮らしを娘の目線で書きとめたものです。題材は、日常の些細な出来事ばかり。実は、当時90歳だった父には内緒で書き始めました。キャプスチャンネルの担当者の方から声をかけていただいたとき、「おもしろそうだから書いてみたら」と背中を押してくれたのは姉です。姉妹ともども楽天家で、なんでもおもしろがるのは父親譲りでしょう。

 喜劇王のチャップリンは、「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言ったそうです。私の場合は、目の前で大変なことが起こっても、書いているうちに俯瞰で見えてきて、そのうちふふっと笑えてきました。父の身に降りかかったことで慌てている私を、ちょっと上から見ている私がいるのです。

 父のことを書くなら、これまでの人生をもっと知りたいと思い、連載前には年表も作りました。仕事柄たくさんの人の話を訊いてきましたが、家族を取材したのは初めて。知らなかったエピソードがどんどん出てきて、こんなことなら68歳で旅立った母にも訊いておけばよかった・・・と少し後悔もしたものです。

 それもこれも含めて、おかげさまでいろいろあった6年間が笑い話になりました。「百歳は終点じゃなくて通過点じゃ」と胸を張る父は、人生という冒険をまだまだつづけてゆきますが、娘の私はひとまず筆を置かせていただきます。

 これまで、父と娘のたわいない話にお付き合いくださったみなさま、本当にありがとうございました。

投稿者プロフィール

角田雅子(かくだまさこ)
角田雅子(かくだまさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」

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