#24 永遠のトラック野郎

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
今回は、 香川県で見かけた奇妙な車の写真を手がかりにたどりついた、大平輝男さんを取材しました。

香川県高松市 大平輝男

デコトラへの憧れ

 「櫛野先生、こんなのを見つけました」

 僕の“追っかけ”の遠藤文裕さんが、携帯の画面越しに興味深いものを見せてくれた。それは車体にポストイットを無数に貼り付けたような「車」で、風を受けて、ヒラヒラと走るその姿は、まるで魚の鱗のように見えたようだ。

 香川県仲多度郡まんのう町で僕のトークイベントがあったとき、遠藤さんは福岡から交通機関を乗り継いでやってきてくれた。道中、バスの窓から不思議なその車を見つけ、すぐに写真に収めた。「この奇妙な車の持ち主を知りませんか?」と遠藤さんは、乗り合わせた人たちに画面を見せて、その車の正体を探ろうとしてくれたようだ。よく考えると、見ず知らずの人たちに携帯電話の画面を見せて聞き込みを続けているその行為自体が、一番奇妙な気もするのだけれど。それでも、遠藤さんの努力の甲斐もあって、僕はその車に出逢うことができた。

 瀬戸内海に面した四国北端の町・香川県高松市庵治町。2004年に公開された映画『世界の中心で、愛をさけぶ』のロケ地として知られるこの町で、その一風変わった軽自動車はある。車体に貼られていたのは、ポストイットでも鱗でもなく、雑誌の切り抜きやさまざまな色のガムテープだった。よく見ると車体に直接マジックで手書きの文字まで記されている。

 「こりゃあ、三菱のトッポBJを改造したんよ」

 声をかけてきたのが、作者の大平輝男(おおひら・てるお)さんだ。1940年に2人きょうだいの長男としてこの町で生まれ育った大平さんは、現在79歳。小さい頃は両親の農家を手伝っていたが、10歳頃からは漁師だった伯父の底引き網の仕事の援助も始めた。その影響で船が好きになり、中学を卒業したあとは、砂利を運搬するガット船(砂利船)の仕事に就いたようだ。

 やがて大平さんは機関長から船長へと昇格し、25歳のときには、みずから船を購入して「金比羅丸」と名付け、独立。ところが30歳頃になると、海運業の行く末に不安を感じ、長距離トラックの運転手に転職した。ちょうどその頃、7歳下の奥さんと結婚し、この家を新築。3人の子どもを授かった。

 「最初は香川県一円の農協に荷物を運びよった。スイカを運んだり、畜産の餌を運んだり、セメントなど色々運んでな。あるときは、嫁入り道具を積んで東京の江東区と千代田区、足立区の3箇所におろして、その足で長野まで行って林檎を積んで、それから機械を載せて青森から北海道の室蘭へ渡って雄別炭鉱まで行った。帰りは、北海道の小樽港から長距離フェリーの『すずらん丸』へ乗って京都舞鶴港まで戻って、そこから関門トンネルを超えて北九州の若松港まで行った。北海道から九州まで行きようたわな」

 全国を縦断するように駆け回っていた大平さんだが、5年ほど経つと、あまりに過酷な労働内容に体力の限界を感じ、同じ会社のタクシー部門に異動を願い出たようだ。そこで50歳までタクシー運転手として働き、そのあとは65歳で退職するまで警備員の仕事をこなした。退職してからは、自分で船を購入したり菜園をしたり、ゴルフやスキー、カラオケなどの多彩な趣味を謳歌していたようだ。

 大平さんがタクシー運転手をしていた頃、菅原文太主演の映画『トラック野郎』シリーズが大ヒットし、電飾で飾りペイントを施して走るアートトラック(デコトラ)が全国で流行した。会社のタクシーにデコレーションを施すことはできなかったものの、お客さんを乗せていないときは、まるで暴走族のようにアクセルを踏みながらクラッチを離して急発進するなど、デコトラ乗りの気分を真似していたようだ。

 急発進を繰り返すことで当然タイヤはすり減ってしまうが、「周りからは、『おっさん、上手いな』と言われとったで。デコトラは男のロマンや」と語る。近隣で開催されるデコトラ撮影会などに何度も足を運んでいるうちに、大平さんは「いつかは自分の車をデコレーションしてみたい」という憧れを抱くようになっていた。元々、船乗りであり長距離トラックの運転手でもあった大平さんにとって、「男のロマン」を追求するのに、デコトラは欠かせないものだったようだ。

信念のつまったデコレーション

 そんな大平さんに転機が訪れたのは、5年ほど前のこと。車を運転中に対向車が進路を譲ってくれなかったことで、大平さんは制作に取り掛かるようになった。

 「車で走って狭いところを行きようたときに、(相手に)避けさすためにしたんよ。言うたら、ライオンが『たてがみ』で威嚇するんと一緒よ」

 何と、自家用車への過剰なデコレーションは、対向車を威嚇するために思いついたものだったのだ。車検前には、装飾品を全て取り外して、デッキブラシで綺麗に洗ってしまうが、車検が終わったら、また少しずつ飾り始めるようだ。

 「わしは学生時代に美術部の部長をしとって、香川県大会で優勝して県知事賞をもらったこともあるで。南の島への憧れがあるんや」と指差した車体の部分には、ヤシの木の絵が貼られていた。雑誌などを切り貼りしているものも多く、釣具店の袋からデコトラの雜誌の1ページまで多様な品が貼り付けられている。

 そして車体後部はお雛様を、車体前面は正月を意識した飾りがあり、「辰年生まれだから」と龍の絵もある。どうやら船とトラックに関する道具は、それぞれ同じ割合で飾られているようだ。大平さんの興味関心が全てミックスされており、なんとも面白い。先日、開催された参議院選挙に因んで「憲法神様」なんて言葉まで記されている。風雨によって剥げたり破れたりすることもあるが、それでも取り除かず、布ガムテープで上からまた貼ることを繰り返すため、凹凸のある車体になっている。

 「デコトラのようにお金かけた装飾にしたら、300万円以上はいるから、そこまではしとうないんよ。わしは生活で走るためにいるだけやからな」

 まるで縁いっぱいに溜まったコップの水が溢れ出すように、長年のデコトラへの憧れが、大平さんの手づくりの創作を後押しした。「子どもらは、『あんまり派手なけに、もうちょっと地味にしてくれ』と言うんやけど、わしは『訳合ってしとる』と言うんや」と周りの意見に耳を傾けることなく、大平さんはみずからの信念を貫いている。

 「街宣車と交差点でおうたらな、『おっさん、お先にどうぞ。頑張ってください』ってマイクで応援してくれるし、前も後ろも『交通安全』って書いとるから、この間は警官が写真撮ってくれてな。『運転がものすご上手いから、表彰する』って言うとったで。そもそも、わしはこの車が人生の最後の車の運転の免許の仕上げじゃと思うとる。免許を返納したら、この車も売るし、飾りも取るし、もう人生の運転家業は終わりじゃと思うとる」

 大平さんはみずからの運転家業の集大成として、この車に手を加え続けている。そして、そのとめどない表現欲は車だけに留まらず、自宅の外壁や屋根の装飾へと向かっていったようだ。「これは、陸にある船じゃ」と言うように、屋根に掲げられた旗は、船の大漁旗をイメージしており、2本のマストは実際の船同様に後ろを高くするなど、屋根全体を船に見立てているようだ。さらに、家の周囲には、解体した段ボール箱が結び付けられ、マジックで「武運長久」などの文字を綴っている。

 「海軍だった親父は、わしが5歳のとき、つまり1944年に沖縄で戦死した。親父はそのとき37歳で、戦争末期に出兵した人たちは、ほとんど死んどったんや。召集令状が来たときに『武運長久』と寄せ書きを書いて渡すやろ。だから、書いとんのや。戦時中は、徴兵を拒否したら牢獄へ放り込まれて、逃げたら機関銃で撃ち殺される、そういう世の中やった。だから、わしは親父の仇をとるために、令和の大石内蔵助にならないかんと思うとる。これまで亡くなった人たちの人命と平和が入っとんじゃけん、憲法を改正するべきでないんや。だから『憲法神様』『世界平和』と記しとるわけや」

 一見すると、大平さんの文字などは「電波系」と称される妄想癖のある人たちの表現のように誤解される可能性もあるが、そうではなく父親の遺志を引き継いでいきたいという決意の表れでもあったのだ。

高齢ドライバーと「男のロマン」

 「まぁ、年取ってから車で走るんが、恐ろしうなってな。ほんまは、もう免許を戻したほうがええけど、返納すると病院に行くことも、田舎やけんできんようになるからな」

 ニッセイ基礎研究所の調査によれば、75歳以上の高齢ドライバーの免許返納率は、最も高い東京で約8.2%、最も低い高知では約3.8%。全国平均は約5.4%と未だ低い水準になっている。特に、地方在住者にとって車は日常の足として必要不可欠な存在なのだ。しかし、高齢ドライバーにとって、田舎にある離合が難しく狭い道路などに運転技術の面で不安を抱えている人は多い。生活するために車は必要だが、運転技術には自信がないというジレンマを誰もが抱えている。

 現在、高齢ドライバーが引き起こした痛ましい死亡事故が報道されるたびに、高齢者の免許返納の話題が持ち上がるけれど、大平さんの表現は、そうした諸問題を一蹴するような痛快さを秘めている。そもそも同じく問題となっている「あおり運転」についても、大平さんのような車なら、あおられる心配などないだろう。一般的に「高齢者」といえば、マイナス面ばかりが取りあげられがちだが、大平さんのように高齢になってもそのエネルギーを失うどころか、高齢であるからこそ、ますます旺盛な表現欲を続ける人だっているのだ。

 お話を伺っている途中で気づいたことだが、大平さんの衣装も、はちまき姿に腹巻きと、映画『トラック野郎』の登場人物たちに似せた格好となっていた。本当に『トラック野郎』が好きなのだ。帰り際に車内を覗くと、運転席以外は人が乗れないほどたくさんの荷物で溢れていた。「トラック野郎は車中泊するから、この車も、ほぼこ(色々なところ)で宿泊できるように考えとったけど、いまは荷物が多すぎて椅子も倒せんから座って寝ようるんじゃ」と笑う。「男のロマン」のためには、多少の我慢も必要のようだ。

【次回更新#24】
2020年2月3週目(2月10日~14日)予定


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profile


文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

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