その72 着心地は生き心地

父ときどき爺

 父のパジャマが破れていた。

 しかも、いちばん新しいパジャマの袖口と腰のあたりがボロボロになっていたのだ。夢の中で柔道の乱取りでもしたのだろうか。

 気づいたのは、高齢者施設の面会条件が緩和されて、父の居室に入れるようになったときだ。何着かのパジャマを洗濯しながらローテーションしているはずなのに、これだけが擦り切れるほど着倒されていた。その差は何だろうと一瞬考えたが、父の場合、理由はこれしかない。「着心地が良いから」だ。

 父は本能の人である。自分が快適だと感じることを、素直に選んで生きてきた。もちろん、身に着けるものもそうだ。肌ざわりがやさしいこと。着たり脱いだりがラクなこと。サイズはゆったりめが好きで、カラダを締めつけるようなものや重たいものは着たくない。これらの条件を父が言葉にすることはないが、そばで見ていればすぐに分かる。

 けっこう高価なブランドものだとか、誰かがプレゼントしてくれたものだとか、そんなことも一切関係ない。着心地の良いものはクタクタになるまで着るし、そうでないものはハンガーにぶらさがったまま出番がないのだ。以前、私が気合を入れて買ったプレゼントの洋服も、容赦なく後者と同じ目に遭ったことがある。高齢者向けの衣料開発のモニターを父にやらせてもらったら、忖度などまったくないリアルなデータを提供できるだろう。

 というワケで、いちばん着心地の良いパジャマが着倒された結果、いちばん最初に破れたというのが私の推理だ。些細なことかもしれないが、父はこうして本能のままに生き心地を良くしているのだろう。

 そのパジャマは、軽くてやわらかいガーゼを重ねた生地で作られている。洗えば洗うほど肌に馴染んでくるので、そりゃあ着心地は抜群である。他のパジャマも肌にやさしい綿が使われているけれど、このガーゼパジャマの登場で出番が少なくなってしまったに違いない。ガーゼはデリケートな素材なので、傷みやすいという点を考慮しても、使用頻度の差は一目瞭然だ。

 その気持ちは分かる。実は、私もガーゼのナイトウエアを愛用しているのだ。試しに1着買ってみたら、寝汗をかいてもサラッと快適。洗い替えがほしくなって、デザインが違うものをまた1着。冬は暖かいと聞いて、長袖をまたまた1着。気づいたらガーゼばかり着て寝ている。

 ん?これって、父と同じ生態?

 私の場合、破れてこそいないが、ヘビーローテーションであることは間違いない。一日の3分の1は着ているナイトウエアに、父と娘の好みはぴったり重なったのだ。

 そしてもちろん、父のために新しく買ったパジャマも、生き心地を良くしてくれる、着心地の良いガーゼなのである。

【次回更新 その73】
2023年9月3週目(9月11日~15日)予定

投稿者プロフィール

角田雅子(かくだまさこ)
角田雅子(かくだまさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」

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