その43 リハビリの栄養源

 父は、ずんずん前に進んでいる。

 転倒して大腿骨を骨折し、手術を受けてから2カ月が経った。お世話になっている病院は、コロナ対策のために入院患者の面会は全面禁止。まだ一度も、父と顔を合わせることができていない。

 その間、私は父のいないお正月を過ごし、七草粥をすすり、父のぶんまで盛大に節分の豆をまいた。「コロナ退散!」「痛いの痛いの飛んでゆけー!」なんでもありの厄払いだ。

 おかげさまで、術後の経過は順調らしい。車椅子に慣れるところからはじめて、20日後にはリハビリ病棟に移り、歩行器を使って移動できるようになった。そして今は、杖をついて歩けるまでに回復したそうだ。

 93歳の父が、私の知らないところで頑張っている。「寝たきりになりたくない」どころか、骨折する前の生活ができるようになることが、父の目標なのだろう。それは野望でも希望でもなく、現実になる日がきっと来る。私もそう信じて、直接手助けはできないけれど、手紙や差し入れで心ばかりのエールを贈っている。

 入院している父への届けものに、「差し入れ」という言葉を使うのもどうかと思うが・・・外部との接触を断たれている今の状況には、これ以上ぴったりの言葉はないだろう。



 差し入れといえば、先日、病院を訪れたときに看護師さんとこんなやりとりがあった。「食事は毎日しっかり食べておられますよ。お菓子もお好きなんですね」「あ、もしかして、あんまり届けないほうがいいんでしょうか?」「いえいえ、構いませんよ。ほかの患者さんが食べているのを、うらやましそうに見ていらっしゃることもあるので」「へっ!? そうなんですか?」

 あっちゃー。父にそんな思いをさせていたなんて、娘としてはトホホである。病院の食事も治療の一環だと思い、一度に届ける食べものの量は、あえてほどほどに抑えていたのだ。それに、これまで何度か届けたけれど、父はどうやら一気に食べてしまうらしい。

 この話を聞いた日は、たまたま多めに差し入れを用意していたので、「こちらで管理しましょうか」という看護師さんの言葉に甘えることにした。なんでもがっつり食べる父の場合、お菓子が好きというよりも、食事の量が足りないと感じているのではないか。そうだとしても、入院中の食事のことは、お任せしたほうがいい。

 そのかわり、父が入院してからずっと気になっていたことを、ぶっちゃけて質問してみた。

 「認知機能のほうは、どうでしょうか?なにぶん高齢なので、入院生活がつづくと、ちょっと心配なんですが・・・」「大丈夫ですよ。ぜんぜん問題ありません」「そうですか!」「毎日、新聞を読んでおられますし。本もお好きなんですね」「はい。ありがとうございます。安心しました」

 胸のあたりにあったもやもやが、スーッと晴れていくのを感じた。父は、どんな時でも、どこにいてもマイペース。認知機能のことで、娘が気をもんでいるとは思ってもいないのだろう。

 もちろん、それでいい。思うままに食べることと読むことを、カラダと脳の栄養源にして、93歳のリハビリは今日もつづくのだ。



【次回更新 その44】
2021年4月3週目(4月12日~16日)予定


   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

関連記事

  1. その4 息子のお下がりを着た私、
    人は減っても服は減らない実家の秘密

  2. その1 「置けてしまう」というワナ

  3. その29 耳掃除と寒中見舞い

  4. その16 年賀状はそろそろ

  5. その33 こんなときこそ言葉の力

  6. 2020年11月2日(月)

  7. #2【マーガレットの折り方 Margaret】

  8. 第66話 プロ野球開幕

  9. その7 「ねん金」と「ねる金」

特集コンテンツ

  1. 特別ひろう話 その11  わ、ワンちゃんが!
  2. その44 俺の、いや、私の家の話
  3. 思い出のモノの片付けは、
    納得できる時間と理由、なにより体力が必要です。

Ranking

PAGE TOP