その71 96歳の乾杯!再開

父ときどき爺

 父が好きな和食の店で、祝杯をあげた。96歳の誕生日のことだ。

 お世話になっている高齢者施設では、コロナ禍でも誕生日の面会は許されていたが、プレゼントを渡して言葉を交わすだけの年もあった。「生ビールで一杯やりたいのう」という父のささやかな願いが、ようやく叶ったのだ。

 刺身に天ぷら、肉料理、何を食べても「美味しい美味しい」とご満悦。この日は、父の本当の誕生日だった。というのも、父の戸籍に記されている誕生日の日付は、生まれた日とは違っているのだ。その話は何度も聞いていたが、ほろ酔い気分の父は、原因が「名前」だったことを語りはじめた。

 父が生まれたのは6月1日。そこで、祖父は「六一(むいち)」という名前をつけて、役所に出生届を出しに行ったそうだ。ところが、窓口で「待った」がかかった。「むいち」という読みが「無一文」を連想させるから、名前を変えたほうがいいというのだ。

 昔のことなので、役所の人たちはみんな顔見知り。村の宝でもある子どもの行く末を案じ、親身になって祖父を止めたそうだ。そして、村長が名づけ親になるという話にまで発展して、父の出生届は遅れたのである。 

 それから96年。言葉に宿る不思議な力、言霊を大切にしたおかげか、父は無一文にならない人生を送ってきた。「まぁ、六一じゃなくて良かったかもしれんが、生まれた日は6月1日じゃ」と、名前より誕生日のほうに思い入れがありそうな父。この日に祝杯をあげたからこそ、聞けた話だったのかもしれない。

 
 そういえば、私の名前は父がつけたらしい。母がまだ生きていたころに教えてくれた。なぜこの名前だったのか、どんな思いを込めてくれたのか、母は理由を知らないそうだ。父に訊ねたこともあるが、「この名前がええと思うたんじゃろう」と、もやっとした答え。「この字のように育ってほしかったから」とか、「同じ名前の素敵な人がいたから」とか、なにかしらの物語を期待していた私にとっては肩透かしだった。

「私の名前は、お父さんがつけてくれたんでしょ?」「ほうじゃったかいのう」。

 これが最近のやりとりだ。私の名前にまつわる逸話は、もう聞けないのだろう。

 ただ一つ、気づいたことがある。父は私を愛称で呼ばない。物心がついたころから、みんなに「まこちゃん」と呼ばれて育ったけれど、父だけは略さずに「雅子」と呼ぶ。自分がつけた名前に思い入れがあるのか、そんなものはないのか、理由はわからない。けれど、人の名前がなかなか思い出せないこともある今、私の名前を覚えていてくれるだけでもうれしい。

 96歳の誕生日に、まだまだ豪快な食べっぷり、呑みっぷりを披露してくれた父。来年も本当の誕生日に祝杯をあげれば、どこかの記憶の扉が開いて、思い出話が聞けるかもしれない。

【次回更新 その72】
2023年8月3週目(8月14日~18日)予定

投稿者プロフィール

角田雅子(かくだまさこ)
角田雅子(かくだまさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」

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