その26 そこはひとつ小声で

父ときどき爺

父は、なんでもかんでも声に出して確認する。

 指さし確認ではなく、声出し確認が得意らしい。というか、心の声がもれているのかもしれない。

 「診察券は、お、あるある。電気は消した、テレビも消した。よしよし」。チェックを怠らないのは素晴らしいことだが、なぜか詰めは甘い。老人ホームに入居するまでは、玄関の鍵をかけ忘れることがたびたびあった。鍵穴に鍵を差し込んだまま出かけ、先に帰宅した私が見つけてギョッとしたこともある。父には、施錠こそ声出し確認をしてほしかった。

 ま、これに関しては、「鍵かけたっけ?」と不安になることが多くなった私も、父の振り見て我が振り直せだ。

 それにしても、いつ頃からだろう、父のひとり言のボリュームが大きくなったのは。耳が遠いのはずいぶん前からなので、それだけが理由ではないような気がする。すきあらば鼻歌を大声で歌うようになったのは、アラウンド90になったここ数年のことだ。

 外出先のトイレでも、鼻歌を熱唱する。もはや鼻歌ではない。個室という安心感があるのかもしれないが、外にはまる聞こえだ。男子トイレに乱入して止めることはできないので、父の気がすむまで歌い終わるのを待つしかない。

 病院のトイレで熱唱したときは、恐縮する私に看護師さんが笑いながら声をかけてくださった。「お元気そうで何よりですね」と。ありがたいことです。ほんとに。

 けれど、選挙の期日前投票に付き添って行ったときは、さすがに参った。投票用紙を渡された父は、一票を投じるつもりの候補者の名前を、声に出して言いながら書きはじめたのだ。一文字一文字、確かめるように。しかも、けっこうな音量で。

 うわっ!これって公職選挙法とかで禁止されている行為じゃない? 作為はないけどマズイっしょ!

 あわてた私は、「お父さんお父さん、黙って書いてね」と父の背中をポンポンと叩いた。「ん? わしがなんかしゃべったか?」と、のんきに答える父。心の声がもれている自覚がない。私は苦笑いしながら、係の人に「すみません」と頭を下げた。何も言わずに微笑み返してくださったのは、たまたま投票する人が近くにいなかったのが幸いしたのだろう。

 この日の投票は、もう1回あった。再び投票用紙を手にした父は、今度は政党名を口にしかけた。私は咄嗟に「しーっ!」と口もとに人さし指を当てたが、この「しーっ!」という音が、自分でも驚くほど静かな室内に響いた。

 父をたしなめる、私のほうがうるさい。親子して申し訳ないことでございます、と心の中で謝りながら投票会場をあとにした。

 父の熱唱や声出し確認は、周囲の方々の寛容な対応のおかげで事なきを得ている。大声で怒鳴り散らしているわけではないので、「まぁ、いいんじゃない」と思わなくもないが、それでもやっぱり時と場所による。「小さい声でね」と、私がこざかしく耳打ちする場面は、これからもあるだろう。ただし、静寂を突き破る「しーっ!」だけは、言わないでおこうと心に決めた。

⇐その27 かこつけて祝杯

その25 ほどほどのおもてなし⇒

投稿者プロフィール

角田雅子(かくだまさこ)
角田雅子(かくだまさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」

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