その47 わかった気になっていた

 父の痛みが、ほんの少しわかった気がする。

 親子であっても人の心は奥が深すぎて、わかったなどとは言えない。私がかろうじて想像できるのは、カラダの痛みだ。

 大腿骨を骨折した父は、退院してからも足腰をかばいながら歩いている。シルバーカーのような歩行車を使いはじめて4カ月。「これがありゃあ、どこでも行けるわい」と老人ホームの中をガシガシ歩きまわっているが、手を放した途端、前かがみになって一気に背が縮む。そろりそろりとすり足で歩く姿は、一緒に暮らしていたときも見たことがあった。

 今から4年前、90歳で脊柱管狭窄症と診断されたときだ。朝の散歩が日課で健脚を自慢していた父が、ある日、腰が痛くて歩くのがツライと言い出した。突然の痛みではなく、我慢の限界を超えた日だったのかもしれない。

 治療とリハビリのおかげで、杖をつきながら普通に歩けるまでに回復したが、それでも朝起きあがるのはツラそうだった。父の部屋から聞こえてくる「よっ、こら、しょい!イタタタ・・・」という声が、私の目覚ましがわりになった。

 ケアマネジャーさんに相談して、つかまり立ちができる補助器具をレンタルすることにした。試してみた父は、「こりゃええ!ラクになったわぁ」と喜んでいたが、朝になるとまた人間目覚ましの声が聞こえてくる。

 「まだ痛い?」「おお、痛とうないことはないが、はぁもう慣れた」

 骨折したあとも、父は「慣れた」という言葉を口にした。それを鵜呑みにした私は、人間は痛みに慣れるものなんだと、わかったような気になっていた。



 けれど、ちっともわかっていなかった。そのことを、自分自身の痛みで思い知らされることになる。

 今から2週間前のこと。なんてことはない動きで腰にピキッと痛みが走り、翌朝、ベッドの上で仰向けになったまま身動きができなくなったのだ。寝がえりなんて、とんでもない。痛みをこらえながらカラダをずらすのが精一杯で、ベッドの端からずり落ちるようにして、なんとか上半身を起こすことができた。

 目が覚めてから30分近く経っていたと思う。その間ずっと、私の頭に浮かんでいたのは父のことだった。もっと痛い日もあったはず。こんな状態が続いていたとしたら、「慣れた」と言えるまでよく我慢できたものだ。今でも毎朝、イタタタ・・・と起きあがっているのだろうか。

 私の場合、3日目くらいから痛みはやわらいだが、仰向けに寝るのが怖くなり、眠りの浅い日が1週間続いた。こんなことでもなければ、父の痛みを自分ごととして想像できなかったかもしれない。



 緊急事態宣言が延長された最中、父は94歳になった。昨年と同じく、コロナ禍で迎えた誕生日。面会はできないだろうと諦めていたが、ホームの方の心遣いで、十分な距離を取りながら顔を合わせることができた。

 帰り際、父が押していた歩行車のポケットに誕生日プレゼントを入れようとしたら、すでに荷物が入っていた。新聞と水筒だ。今ではすっかり相棒になった歩行車と散歩をしながら、ひと休みして新聞を読んだり、お茶を飲んだりしているのだろう。

 日々の痛みと折り合いをつけながら飄々と暮らしている父は、やっぱり人生の先輩だ。

【次回更新 その48】
2021年8月3週目(8月16日~20日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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