その32 「会える」という幸せ

 父と会えない日々が続いている。

 これを書いている今、父がお世話になっている老人ホームは、家族の面会も中止されているからだ。言うまでもなく、新型コロナウイルス感染拡大の防止策である。

 3週間前にホームから連絡があるまでは、マスクをして手指を消毒すれば自由に面会できていた。なので、なけなしのマスクは、父に会いに行くための必需品だった。「マスクの切れ目が縁の切れ目になるかも」などと冗談を言いながら、父とたわいもない話をする。そんなひとときが、あたり前のように続くと思っていた。

 父自身はすこぶる元気で、いつものように携帯から電話をかけてくる。けれど、会話は成り立たない。耳がますます遠くなっているので、私は父の用件をただ聞くだけ。大声で相づちを打てば、「わかった」という雰囲気はなんとなく伝わるようだが、その実は一方通行だ。

 世間話ならそれでもいいが、返事を正確に伝えたいときは電話では無理だ。これまでは、私の言葉が伝わっていないと感じたら、すぐに会いに行っていた。それができない今は、父からかかってきた電話は途中でホームのスタッフの方にかわってもらうか、こちらからホームにかけ直して父に伝えてもらっている。

 面会が長期間中止になる。こんな状況になるとは予想できなかったが、父の耳が遠いことはわかっていたのだから、「あのとき、もっと粘っていれば・・・」と悔やんでいることがある。

 補聴器を買い替えたとき、つけたまま電話をかける練習もしてみたが、かえって聞き取りにくいと言うのであきらめてしまった。もっとさかのぼれば、父が携帯電話を持ちはじめたとき、メールの練習もした。けれど、届いたメールを開いて見るのさえままならず、「電話がかけられりゃあええ」とメールNG宣言をされてしまったのだ。

 補聴器をつけて電話ができれば。携帯メールができれば。と、今できないことを悔やんでもしょうがないことはわかっている。会えるようになったら、92歳の手習いとして、もう一度トライしてもらうという目標ができた。

 それにしても、日々の体調管理をしてくださるホームのスタッフの方々や、囲碁の相手をしてくださるお仲間の存在が、父にとってどれほどありがたいか。去年の今ごろは私と二人で暮らしていたので、あのままの生活を続けていたら、父は今、退屈で退屈で暇を持て余していただろう。家でじっとしていられない父が外出したがるのを、私は引きとめることができただろうか。

 本当にありがたいと、心からそう思う。

 その一方で、なんとも言えない寂しさも感じはじめている。父と会うことで元気をもらっていたのは、私のほうだった。

 「お、来たか」と、いつも笑顔で迎えてくれる父。「健康第一じゃ。働き過ぎて体を壊したらなんにもならん。無理せんようにの」と、私のほっぺたをぽんぽんと優しくたたく。そして、帰り際には決まってこう言うのだ。「また一緒にうまいもんを食いに行こうの。生ビールも飲もうかの」。

 ザンネンながら、3週間前の約束は果たせていない。今は面会だけでなく、外出も制限されている。父が満面の笑みで「うまいのう。おおごっつぉうじゃ」と盛り上げてくれる姿を見られる日が、一日も早く来ることを願わずにはいられない。

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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