その15 デイケア・デビュー

 父が、はじめてデイケアを体験することになった。

 私もはじめて送り出すので、父娘ともども勝手がわからないデイケア・デビューだ。運動しやすい服装で行くこと。お風呂あがりの着替えがいること。貴重品は持って行かないこと。電話で確認したことを文書にして父に伝えると、早速ナイロンバッグを取り出して準備をはじめた。まだ3日前である。

 家の玄関口まで送迎してもらえることは、父に何度も伝えた。なのに「迷うちゃあいけんから、下見に行って来る」と出かけようとする。相変わらず、段取り好きのせっかちだ。気がはやる父をなんとか引き止めようとしながら、どこかほっとしている自分がいた。少なくとも、しぶしぶデイケアに行くのではなさそうだから。

 下見をあきらめた父は、新しい運動靴を履き慣らすためだと、いつもより長い散歩に出かけた。囲碁の相手が見つかるかもしれないと、わが家の碁盤に向かって自主練習もぬかりない。そうして準備は万全、当日の朝を迎えた。

 送迎車に乗り込んだ父は、すぐに「はぁ、もう、91歳です」と自己紹介をはじめた。ここでもやっぱり、せっかちだ。見送る私のほうには目もくれず、走り出した車の中で父が笑っている。そう言えば、サラリーマン時代は転勤族だった。新しい環境にするりとなじむ術は、身についているのだろう。

 しばらくして、デイケアの施設から電話がかかってきた。

 何ごとか!?とドキッとしたが、父の血圧が高いため入浴体験とリハビリは出来ないことを了承して欲しいという連絡だった。普段から高めなので問題はないと思いつつ、施設の基準に従って、出来ることだけ体験させてもらうことに。「緊張されたんでしょうかね」と気づかっていただいたが、「遠足の前の日のように楽しみにしてたので、テンションが上がり過ぎたんだと思います」と苦笑いで返事をする。

 残念ながら、その日は囲碁の相手もおられず、かわりにカラオケで歌ったらしい。「ちょっと横になっていただいたら血圧も落ち着いて、ほがらかにされていますよ」と言われ、いつもの陽気な父の姿が目に浮かんだ。

 夕方、デイケア・デビューを終えた父が帰ってきた。待ちかまえていた私が体調を尋ねようとしたら、開口一番「はらが減ったぁ〜」。へ?予想外の言葉にズッコケそうになりながら、「お昼ごはんが出たんでしょ?」「おぅ、食べたんじゃが…」。

 いつもがっつり食べる父には、どうやら量が足りなかったらしい。デイケアの施設はたくさんあり、いくつか体験して自分に合いそうな場所を見つけたほうがいいそうだが、こればっかりはどうにも。昼食の量はきっと、どこの施設でも同じくらいだろう。

 次の体験日には、朝、いつもよりしっかり食べてもらい、まんぷくにして送り出すしかないようだ。

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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