その14 張り切りモード全開

 父は、介護サービスを利用したことがない。

 91歳で「要支援2」。自分にはまだ、「介護」と名のつくサービスは必要ないと思っているようだ。一緒に暮らすようになって、それとなくデイケアのことも話してみたが、やんわりと聞き流された。

 自分のことは自分でやりたい。なるべく人の手は借りたくない。口には出さないけれど、そう思っているのだろうと察しがつく。介護サービスを受けないことを励みにしているのであれば、それもいいかと無理強いはしなかった。

 とは言っても91歳。日常生活の中で、一人ではできないことも増えてきた。耳がかなり遠くなったので、とんちんかんな言動も多い。今はまだ笑い話になるようなことだが、父自身も「ボケちゃあいけん」「歩けんようになっちゃいけん」という言葉を、たびたび口にするようになっている。

 そうこうしているうちに、要支援認定の更新手続きをする期限が近づいてきた。にわか勉強で介護保険制度のパンフレットを見直していたら、あることに気づいた。要支援と認定された人が受けられるのは、介護サービスではなく介護予防サービス…そう、これから先、介護状態にならないよう予防するためのサービスなのだ。この「予防」の2文字で、父の心を動かせるかもしれない。

 「ねぇ、お父さん。デイケアに行くと、運動したりして介護の予防ができるらしいよ」「ほうか」…ん?反応が薄い?…「前にも言ったけど、同じような世代の人がいて、知り合いになったら囲碁とかもできるみたいだし」「おお、そりゃあええの」。父が身を乗り出したキーワードは、「介護の予防」ではなく「同世代と囲碁」だった。デイケアで囲碁仲間ができるかもしれないことは、これまでにも何度か説明したつもりだが、このタイミングでようやく父に響いたのだろう。

 要支援認定を更新してもらうための聞き取り調査の日、父は朝からソワソワしていた。前回の調査でどんな質問をされたか、すっかり忘れているようで、そもそもそんな調査があったことすら覚えていないと言う。初めて面接試験を受ける就活生のような緊張感が伝わってきて、テンションがあがっているのがわかる。張り切り過ぎて、できないことも「できます!大丈夫です!」と言ってしまいそうな予感がした。けれど、しょうがない。それが父の性分なのだ。

 担当の社会福祉士さんとケアマネジャーさんが、なごやかな雰囲気をつくってくださり、聞き取り調査がはじまった。「とても91歳には見えませんね。お若いです」と言われ、父は上機嫌だ。と同時に、父の張り切りモードのギアがグイッとあがってしまった。

 「はぁ、だいたい10歳くらいは若く見られます。お医者さんにも100歳まで生きるんじゃないかと言われるんで、なかなかお迎えが来んですわぁ」。いつもの名調子が出てしまった。いきなりの元気アピールで、この先どうなることやらと思ったが、父は続けてこう言った。「ですが、この歳になると、同世代の友人は、はぁ、もう、おりません。碁会所に行っても、相手はみんな若いです」。

 この言葉をきっかけに、デイケアの話になった。通所施設のパンフレットを見せてもらった父は、すぐその気になり、認定結果が出るまでの間に一度体験してみることになった。「では、日程を調整して娘さんに連絡します」「わしはいつでもええです。明日ですか?いつですか?」と、前のめりで父が訊く。「それはまた、近いうちに連絡しますので」「なんなら自分で行けますけぇ」「送迎があるので大丈夫ですよ」「はあ、そうですか。じゃあ、それまであの世に行かんで、ここで待っとります」。

 父はなんでも、こうと決めたら気がはやる。とにかく、待つことが苦手なのだ。聞き取り調査には「落ち着きがない」という項目があるらしいが、そこにはきっとチェックが入っていることだろう。

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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