#6 痛みをともなう絵画

アートスペースを主宰しながら、テレビ出演や講演なども行う日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
今回取り上げる表現者は、名古屋市の路上で絵画を販売する新子さん。言葉にできない複雑な心情が2000点を超える絵となって表出しています。

愛知県在住 新子(しんこ)

自身を投影したグロテスクな絵

 名古屋駅に次ぐターミナル駅として、JR中央本線と東海道本線、名鉄名古屋本線、名古屋市営地下鉄名城線と名港線の計5路線が乗り入れる金山駅。駅の南口は広場になっており、土日祝日などには、ストリートミュージシャンなどによるライブやバザー等のイベントが頻繁に行われている。

 その路上で、毎月第一土曜日に絵を描き、販売している人がいる。その人の名は、新子(しんこ)さん。付近のマンションで一人暮らしをしているということで、自宅にお邪魔させていただいた。

 玄関を開けると、積み上げられた古新聞の上に2対の大きな作品が並ぶ。自ら木枠に貼った紙の上にペンで描いた大作だ。どちらも2か月ほどを費やして描いたもので、様々な動植物が入り乱れる画面にはたくさんの女性が描かれている。どうやら新子さん自身の姿を投影したもののようだ。

 隣のアトリエ兼作品倉庫になっている部屋に入って驚いた。壁には、これまで描いてきた絵画が無造作にピンで留められ、床一面には沢山の作品の山が広がっている。中には雪崩のように崩れてきている場所もあり、これまで描いてきた2000点を超える絵画の山が、僕の心を刺激する。グロテスクな作風の絵が多く、直視すると心が抉られるようだ。

絵を描くことが何よりも好き

 お話を伺うために案内されたリビングには、沢山の映画のDVDがあり、テレビの周辺にはぬいぐるみや化粧道具など女性らしい小物が並んでいる。新子さんは、「決めつけられたり区別されたりすることに対して嫌な気持ちがあって」とハンカチで口を押さえながら、ゆっくり自らの半生を語ってくれた。

 幼少期から自らの性別に悩み性同一性障害を抱え生きてきた。小学校4年生の時には、「太りたくない」という意識から拒食症となり痩せ細ってしまい、入院。それから学校も休みがちになった。中学校では放送部に所属。1年生の時に親の都合で転校してから、新しい学校ではイジメを受けた。卒業式には出席することができたものの、中学3年間はほとんど家で過ごした。

 そんな新子さんが小さい頃から続けてきたのが、絵を描くことだ。「小さい頃から、絵を描くことが何より好きでした。絵を描いている時って何も考えなくていいんですよ。漫画のキャラクターとかも描いてたんですよね。時々人に見せたりしたこともあります」と語る。

 中学卒業後は、先生の紹介で工場に就職。当時は学校が嫌だったので早く社会に出たくて仕方なかったそうだ。しばらく働いた後、「違う仕事もやってみたい」と新聞配達やグラフィックデザインのアルバイトなども経験した。

 いくつかの仕事に従事した後、採用されたのが市内のコンピューター会社だ。正規雇用スタッフとして、駅に設置されている地図をパソコンで制作する仕事を任された。何年か働いていたが、体を壊して拒食症となり退職。「人に会うのが嫌になって」と鬱の症状も併発し、自宅に引きこもるようになったそうだ。

 自宅で過ごしている間も新子さんは絵を描き続けた。いつからか描き溜めた絵を色々な人に見てほしいという気持ちが強くなり、2008年頃から金山駅の路上で自分の絵を広げるようになったという訳だ。

キャリーバッグには沢山の絵画が詰まっている。かなりの重さだ

人間関係が画風を変えた

 そんな時に出会ったのが、同じく金山駅の路上で「かなやまFREE SHOP」という0円ショップの活動を行なっている花井浩司さんだ。初めて新子さんと出会った頃の様子を花井さんは、「新子さんの表現はかなり過激で、人の首を切って血みどろになった絵とかを挑戦的にでっかく路上にひろげていて、その様は人を寄せ付けないものがあった」と教えてくれた。

 一見すると近寄りがたいオーラを放っていた当時の新子さんだったが、実際に話してみると、「すごく話しやすくて正直で、まっすぐな人だなぁ」と感じ、そこから親しくなった。花井さんは、外見で人を判断していない。新子さんが抱えている問題意識についても、これまで一度も聞いたことがないそうだ。ただ、ひとりの「新子さん」という人物として接しているだけ。

 そうした付き合いは、きっと新子さんにとっても新鮮でようやく理解者が現れたという感じだったのだろう。やがて、花井さんの友人が不定期で発行しているフリーペーパーにも新子さんは絵や文を寄稿するようになった。

 そんな折、新子さんの方から「花井さんのところで私、働けるかなぁ」と相談があった。花井さんはすぐに職場に相談し、自身が働く障害のある人の福祉事業所で、新子さんは3年前から家事援助や移動支援などの業務に携わっている。

 新子さんの周りで人間関係が広がっていくにつれて、氷が解けるように新子さんの画風も変化していった。これまで、他者に理解されないことへの怒りや憎しみであふれていた絵画も、現在では動物や植物、仏像などが登場し多様なスタイルへと変化してきている。最近では、そうした新子さんの表現に対して路上で足を止める人も増えているそうだ。

こちらは全てモノトーンのペン画の大作

 もちろん今でも絵を描く原動力となっているのは、自らの内面に溜まった怒りや不満、悲しみの感情だ。聞けば、下書きなどは全く行わず、その場にあった画材を使って自らの心情を吐き出すように即興的に描いていく。使用している画材も安価なものが多く、紙が足りない時は裏面に描くこともある。作品のタイトルはおろか、いつ描いたかという記録さえ記していない。

自らの心情を吐露した作品が多い

言葉にできない思い

 実際に描いている場面を見せてもらったが、座って膝を曲げたまま床に広げた画用紙に直接絵の具を付け、それを筆で広げていく。日々の心情を画面に吐きだすことで、新子さんは辛うじて心身のバランスを保っているのだろう。

 新子さんが絵を描き続ける行為に、僕は人が絵を描く原初的な動機を垣間見る。言葉にできない思いを表現するのが、本来「芸術」の役割だったはずだ。そこに画風や技法などは全く関係ない。いつから僕らは他人の目や世間の評価を気にして表現を行うようになったのだろう。

 お世辞にも作品が売れているとは言い難い状況だが、生きづらさを抱える新子さんにとって、自らの表現が評価され対価を得ることはまた次のステージアップに繋がっていくことだろう。「私の絵は観るより絵の内面を感じて欲しい」と沢山の絵を詰め込んだキャリーバッグを引っ提げて、新子さんはまた路上に立ち向かっていくのである。


イベント情報<申込受付中>

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開催中~11.3(日)ピンクスキー個展「絵の中のわたし」& 常設展示室オープン
11.8(金) 西野亮廣 講演会@県民文化センターふくやま
12.1(日) びんごトリップトラベルvol.3 ゲスト:今立進(エレキコミック)
詳しくはこちら http://kushiterra.com/office/

2020年1月、ニューヨークで開催「アウトサイダー・アートフェア」初挑戦のクラウドファンディング開始!

 

profile


文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

書籍「アウトサイドで生きている」発売中
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日本唯一のアウトサイダー・キュレーターが伴走する街の表現者たち。
話題の自撮りおばあちゃん、武装ラブライバー、昆虫の死骸で観音像をつくった男、仮面だらけの謎の館、雑草を刈りアートにする路上生活者、食べたものを記録し続ける男......18 人の表現者たちの驚異のアートと、豊かな生きざまを追ったドキュメンタリー。

 

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