#10 とびっきりの女性像

アウトサイドからこんにちは!

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
クシノテラス(アートスペース)での展覧会やトークライブ、取材など全国をかけ巡るなかで見つけた今回の表現者は、千葉県に住む三宅慎太郎さん。道路への「こだわり」が人形創作に変わり、人形を分身のように丁寧に扱う姿は子どもの頃を思い起こさせます。

人形はすべて直立不動

 机の上に、スラッと伸びた細長い人形が並んでいる。紙粘土で出来たその人形は、一様に直立不動で、体操服や学生服など様々な衣装をまとっている。蛍光灯の灯りに照らされ、表面に塗られたニスがピカピカと輝きを放つ。犬や猫、飛行機のほかに、動物のマスクを被ったような人形までいるのが、何とも面白い。

 作者の三宅慎太郎さんは、現在25歳。千葉県茂原市の一軒家で両親と姉と暮らしている。コミュニケーションの面で困難さを抱える彼の代わりに、母親に話しを伺うため、僕は三宅さんの自宅を訪れた。

 三宅さんは、1歳半検診で言葉の遅れを指摘され、知的障害や自閉傾向と診断を受けた。そんな彼が、幼稚園に通う前から熱中していたのが、粘土で遊ぶことだった。

「粘土をずっと細長くして、気づけば床にも伸ばしていたんです。何をつくっているんだろうと思っていたんですが、あるとき『道路』だと気づいたんです」

 小さい頃の三宅さんは、多動で、すぐに飛び出してしまうような子どもだった。そのため、いつも母親が人気のない広い公園までドライブに連れて行っていたが、そのとき三宅さんの「道路」に対する並々ならぬ興味を感じたという。

 「いつも同じ道を通らなきゃ駄目なんです。違う道を通るとパニックを起こしていました。『この道、右に行く、左に行く』と通った道をすべて記憶してて、1度通ると裏道でも覚えてましたね。動体視力も優れているみたいで、車で走行中に知り合いとすれ違うと『〇〇さんが乗っていた』と教えてくれましたよ」

 抜群の記憶力を誇っていた三宅さんだが、困ったこともある。母親が少しでも道を間違えるとパニックになった。運転しながら母親が「これが田んぼ、これが畑ね」と車窓から見える光景を教えていたが、スピードを出して田んぼと畑を言い切れなくなると、途端に不安定になった。

 とにかく三宅さんは、道路に関する事柄に執着していた。あるとき、信号機の音に反応し、ドライブ中に窓を開けて耳を澄ますことがあった。「好きなんだろうか」と思って聞かせていたら、今度は耳を塞いで拒絶の姿勢を示した。信号機を避けて通ろうとすると、交差点を通るよう訴えた。自分で携帯電話を使えるようになってからは、交差点の動画やガソリンスタンドのマークなど道路に関する事物を撮影するようになり、そうした不安感は払拭された。

 いまでも道路や地図は大好きで、YouTubeなどでよく道路の走行動画を眺めているそうだ。まるでカーナビのように、彼の頭の中には近隣の地図が埋め込まれている。そして鳥の目のように、自分がどこにいるか瞬時に俯瞰で居場所を把握することができるのだ。

「新しい場所や新しい道に出かけるのが好きで、道路工事で新しい道路ができると、そこに必ず行きたがるんです。その経過を確認したいんでしょうね」

 こうした行為は、福祉の現場においては、通常「こだわり」として認識されている。一般的に言って、「こだわり」の対象となるのは、物だ。当然のことながら、物は余程のことがない限り、勝手に動き出すことはない。

 それに比べ、人は勝手に動き出し、いつどこに行くか予測ができない。ときには急に大声を張り上げたり突飛な行動をとったりもする。そのため、行動が予想しにくく、不安を感じさせる大きな要因になっている。だから刺激として安定感の高い、物を道しるべにして自分の世界を構築しているというわけだ。つまり、三宅さんが新しい道路を確認しに行くという行為は、自らの世界に広がった「道路」を再構築するためと考えることができる。

背が高く細身で長い髪がタイプ

 そして10歳からつくり始めたのが、僕が魅了された人形の制作だ。中学生になって、通っていた絵画教室で人形のつくりかたを教わってからは、新聞紙で軸をつくり、それを紙粘土で肉付けするようになった。

 「15年間、ずっとつくっているわけではなく、ブロックに凝ったり新聞紙で籠をつくったりとか色んな時期がありました」

 現存する人形は、太めと細めの人形の2種類ある。太めの人形が制作されたのは、いまから10年ほど前。次第に人形はスリムになり、爪楊枝で髪の流れをつくったりスカートや靴の模様を描いたりして装飾を施すようになった。ズボンを履いていた女性は、ハイヒールやスカートを履くようになった。体操服やメガネを掛けている人形もあるし、なかには赤ちゃんを抱えた家族の人形もある。単体でつくることはなく、必ず男女のセットになっている。

 「髪が長くて細身で、背の高い女性がタイプなんです。本当だったら彼女が欲しい年頃じゃないですか。だからカップルや家族をつくって、そのなかに自分を投影しているんじゃないかな」

 つまり、三宅さんは自分の好みの女性をつくっている。母親と買い物に出かけた際に女性用のウィッグを買って帰ったこともあるし、デパートへ行けば体操服を売っている売り場に行きたがるし、店内に飾られているマネキンを長時間眺めていることだってある。そうした一定のフェティシズムが彼にとって人形制作の原動力となっているようだ。

 粘土でつくった道路を保存しておくことは難しいが、地図や写真を見れば代用はできる。ところが、自分の理想とする女性は、この世界のどこにも存在していない。だから彼は何十年もかけて、自らのこころのなかに存在する理想像を、つくり続けているのだ。そのため、一度完成した人形でも、再び足を外して粘土を付け足し、背を伸ばすこともあるし、好みの服につくり変えることもある。常に理想は変化し、それに近づけようと具現化しているわけだ。

 特に近年制作された細身の人形たちは、ベッド脇に自作したビニール袋内で大事に保管され、ときには自分の枕元に置いて一緒に寝ていることもある。市販品がないから彼は人形をつくった。そうした一連の人形づくりに、僕は人が物をつくる原初的な動機を垣間見るのである。

投稿者プロフィール

櫛野展正(くしののぶまさ)
櫛野展正(くしののぶまさ)
文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

クシノテラス http://kushiterra.com

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのトラックバックはありません。

TOP