#3 「ありがとう」の心

私たちが住む街に、すぐそばで、気になる表現活動をしている人がいます。その現場に行って取材をするのは、日本で一人しかいないアウトサイダー・キュレーターの櫛野展正。
今回取り上げるのは、渋谷に現れる「ありがとう星のカエル」こと早川廣助さん。「ありがとう星」はどこにあるのか、何に「ありがとう」なのか。カエルになって人前で主義主張を訴える。これは、早川さんの問いや信念から生まれた活動です。

「ありがとう星のカエル」こと早川廣助

カエルの被り物で渋谷駅東口に立つ

 日々37万人が利用する渋谷駅。東口にあるバスターミナル付近で、奇妙な格好をした人が、ひとりでマイクに向かって「地球を『ありがとう星』と呼びましょう」と語りかけている。立ち止まって耳を傾ける人はいないし、配っているチラシを受け取る人さえいない。まるで無色透明な存在でその姿さえなきもののように、誰もがただ側を通り過ぎていく。

 ピンク色をしたカエルの被り物を被っているため、はっきりとした人相はわからない。その被り物は、海に浮遊していたブイを加工しカラーテープで装飾をしたものだろうか。首から下げたプラカードには「地球を改めありがとう」という文字が描かれている。足元には、折りたたみ式の小さな椅子が置かれ、どうやら丸一日ここで演説をするつもりらしい。背後には渋谷ヒカリエがそびえ立ち、太陽がじりじりと照りつける。

 汗を拭うため、被り物を脱ぐとタオルを頭に巻いた年配の男性の顔が現れた。話を伺うと、茨城県鹿嶋市からやってきたとのこと。「ありがとう星のカエル」という名前で活動している彼の名は、早川廣助(はやかわ・ひろすけ)さんだ。

 早川さんは、3人兄妹の次男として1947年に東京都清瀬市で生まれた。戦時中に両親が中国へ渡航し、父は満州鉄道の通信解説員として働いた。終戦後、満州やシベリア抑留などから引き揚げた人たちのために建てられた「引揚者住宅」で早川さんは育った。小さい頃から川で魚釣りに親しむなど生き物に興味があったため、中学卒業後は、父親の勧めで伊豆大島にある大島南高等学校水産科(現在の東京都立大島海洋国際高等学校)に進学し3年間の寮生活を送った。卒業してから早川さんが勤めたのは、笹塚にあった「しのぶ熱帯魚店」だ。

 家から3年間通ったが、程なくして退職。翌年には、埼玉県入間市にあった「オリンピック釣り具店」で働くことになった。ちょうどその頃、第1回目の衆参同率国政選挙に北多摩7区で父親が立候補した。無所属からの出馬で結果は2548票と泡沫候補となったが、これが早川さんの運命を大きく変えることになる。

意思表示としての白票

 「どうせ受かるわけはない。親父は自分の思いを喋りたいというだけで選挙に出ているわけよ。ただ出馬したからには何か応援したいな」と思っていた。その時、浮かんだのが、「白票」という考え方だった。「選ぶ政党や候補者が無い時って、ほとんどの人は棄権しちゃうわけじゃない。でも、棄権が増えてくると政治的な社会の変革が出来ないわけですから、武力による変革しか残っていないんですよ。私は『武力による変革なんか嫌だよ』という意思表示だけでも出来たらと思っている。国は白票を認めていなくって『無効票』と呼んで価値のない票としてるわけ。実際は投票所まで行って意思を表示してるわけだから、白票も意味があると思っているんです。その思いを親父は理解してくれたの」と熱弁する。

人生の目標を定め、活動を決意

 そんなことを考えていた最中、選挙掲示板に目をやると、他の候補者の選挙ポスターがカラーだったのに対して、父親のポスターだけが白黒印刷だった。「不公平だな」という意識が芽生え、普通だったら動かすことも出来ないような掲示板を火事場の馬鹿力で破壊してしまった。当然、悪いという意識はあったため、向かいの店舗に自分の名前と罪を犯したことを告げ帰宅。後日、逮捕となり東村山警察に20日拘留された。それに伴い、8年勤めていたオリンピック釣り具店も退職となった。

 早川さんは、選挙を手伝っている際に「人間として生まれたことに名誉を感じてください、勇気を持って行動してください」という自分の心の声を聞いたそうだ。その後、常にノートを抱え山などに行っては、社会に対する不満や自分の思いなどを記述していった。その断片が早川さんのブログには綴られている。色々な宗教団体を覗いてみたものの、神頼みという他力本願が多く、人類の存在意義まで追求できるような宗教に出会うことはなかった。

 そこで今後の人生の目標を、「この星に人間が生まれた意義を自分に問いかけること」に決めた。オリンピック釣具店の後は、「土屋観賞魚販売株式会社」に就職し西武池袋本店の屋上フィッシュショップで熱帯魚の担当となった。2年ほど経った頃に父親が62歳で他界。生活を支えるために簡単に退職できない状況となったが、早川さんが50歳の時、母親が他界したことをきっかけに、これまで我慢していた人類の意義を語り出す活動を始めることを決意した。

「ありがとう星」に共存する命

 しかし、実際に「ありがとう星」の活動を始めたのは60歳手前からだ。人類が生まれる意義を思考し続けるのに10年ほどを要したという。きっかけは、毎晩眠る前に、「命ある星に生まれてきてありがとう」と感謝していたこと。それがヒントとなり、「地球」の名称を「ありがとう星」と改めるアイデアを思いついた。

 以後、「人は何のために生まれてきたのか」を問う生命存在主義という考えを広めるために、現在も電車で2時間以上かけて月に2度ほど渋谷の街頭に立っている。早川さんが配布するチラシには、自らパソコンで加工したデザインの違うポストカードや「ありがとう星」の会員を募集する案内が同封されている。現在の会員は僕を含めて11人。そのうち9人が人間で、1匹は犬、もう1匹はカエルだ。動物まで会員になっているのは同じ生命体として共存していこうとする早川さんの信念からだ。これまでたくさんの命に囲まれてきた経験が、現在の早川さんを形作っていると言える。

 お話を伺った後も演説を続ける早川さんだが、相変わらず人々は素通りしていくだけだ。きっとこれまでも好奇の目で見られることの方が多かったはずだが、それでも人波の中でひとり自分の思いを訴え続けるその姿に僕は胸を打たれてしまう。匿名性の高いSNSやブログに書き込むこととは訳が違う。特定の政党や団体に属するわけでもなく、たった1人で主義主張を続けることがどんなに難しいことか誰もが理解できるだろう。果たして僕たちは自分の信念を訴えるために群衆の中に立ち続けることができるだろうか。

 「感謝の気持ちを持って欲しい」という純粋な思いが、早川さんを奮い立たせているのだ。あの「カエル」と再び出逢えることを願って、僕は今日も渋谷駅に降り立ってしまう。

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ありがとう星 会員募集
◎入会金、年会費は無料です。
◎ありがとう星住生証を発行します。

〈ありがとう星住生証 応募要項〉
1. 氏名または、共に生きる(生きた)生きものの名前と種(犬・猫・他)
2. 写真(縦3.5cm×横3㎝)1枚(写真の裏にお名前を書いてください)
3. 共生のオス・メスの記載または推薦人の氏名の記載をご希望の方はオス・メス・推薦人の氏名をお書きください
4. ご住所・電話番号
5. ありがとう星往生証の発行代として500円(1発行)

下記の住所にお送りください。
〒311-2212 茨城県鹿嶋市角折1332-19 ありがとう星を広める会
事務局 早川廣助
TEL 0299-69-6158


イベント情報<申込受付中>

クシノテラス アートスクール http://kushiterra.com/artschool
開催中~11.3(日)ピンクスキー個展「絵の中のわたし」& 常設展示室オープン
11.8(金) 西野亮廣 講演会@県民文化センターふくやま
12.1(日) びんごトリップトラベルvol.3 ゲスト:今立進(エレキコミック)
詳しくはこちら http://kushiterra.com/office/

2020年1月、ニューヨークで開催「アウトサイダー・アートフェア」初挑戦のクラウドファンディング開始!

 

profile


文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

書籍「アウトサイドで生きている」発売中
タバブックス1800円+税
日本唯一のアウトサイダー・キュレーターが伴走する街の表現者たち。
話題の自撮りおばあちゃん、武装ラブライバー、昆虫の死骸で観音像をつくった男、仮面だらけの謎の館、雑草を刈りアートにする路上生活者、食べたものを記録し続ける男......18 人の表現者たちの驚異のアートと、豊かな生きざまを追ったドキュメンタリー。

 

書籍「アウトサイド・ジャパン 日本のアウトサイダー・アート」
イースト・プレス1800円+税
日本唯一のアウトサイダー・キュレーターによる総勢135 名のアウトサイダー・アーティスト大辞典!
水道橋博士も絶賛!『表現とは無茶で無駄で無限である。この本は、アートの根源的な力に満ちている。クシノこそが、平凡のなかに非凡を発掘する錬金術師だ!』

 

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