その49 次の目標はセンテナリアン

 父は、目標の2分の1を達成した。

 東京オリンピックまでは元気でいよう。どんな競技でもいいから観に行こう。今から7年前、父が87歳のときに受けた癌の手術が成功して、私と一緒に立てた目標だ。

 退院が決まった日、「あと5年はあの世に行きそうにないの」と言った父に、目標をちょっとだけ高めにする提案をした。「いやいや、そう慌てて行かなくても。東京オリンピックを観てからでも遅くはないよ」

「・・・ま、それくらいは大丈夫じゃろ」と、父は笑いながらうなずいた。以来、誕生日を迎えるたびに「目指せ!オリンピック」が我が家の合言葉になった。

 もちろん、オリンピアンになる夢を追いかけているワケではない。けれど、ちょっと先のイベントを楽しみにしながら、センテナリアンになれる可能性は大いにある。センテナリアンとは100歳以上の長寿者を指す言葉で、1世紀を生きぬいたという意味があるそうだ。

 父にそのことを伝えると、なんじゃそりゃ?という顔をしていたが、100歳まで生きるという人生の目標に異論はなかった。

 そして今年、コロナ禍で開催された一年遅れの東京オリンピック。「元気でいよう」という目標は余裕でクリアできたが、「観に行こう」は叶わなかった。無観客開催になったので、こればかりは致し方ない。広島の平和記念公園を走るはずだった聖火ランナーに、沿道で手をふる機会も失われた。

 せめて、テレビの前で侍ジャパンを一緒に応援したかったけれど、父がお世話になっているホームはコロナ対策の面会禁止中で、それも叶わず。7年前には想像もできなかったオリンピックイヤーになったことを、あらためて痛感した。開催をもう数年延期してくれていたら、「観に行こう」という目標も達成できたのだろうか。

 
 実は、オリンピックがはじまった直後、ホームの面会禁止が一週間だけ解除になった。地域の感染状況が少し落ち着いた時期で、短時間の面会が予約制で許されたのだ。

 久しぶりの再会と侍ジャパンの健闘を祈って乾杯しようと思い、冷えた缶ビールを持って父の部屋を訪ねた。昨年末に骨折した父の足元がふらついてはいけないので、350ml缶を1本だけ。それをプラスチックのコップに注いで分け合った。

 「お、ビールか!こりゃあええ。久しぶりじゃ」と、父は乾杯を待ちきれずに口をつけた。「うまいのう。ビールじゃの。うまいわー」

 あっという間に飲み干してしまったが、満面の笑みで喜んでくれた父の姿を見て、私のほうが嬉しくなった。マスクをはずして、生ビールで思いっきり乾杯できる日は、まだまだ先だろう。けれど、こんなささやかな楽しみを分かち合えるのも、いいものだ。

 父の飲みっぷりは、94歳のそれとは思えなかった。センテナリアンの上には、110歳以上の超長寿者を指すスーパー・センテナリアンという呼び名もあるらしい。なんなら、こっちを目指しましょうかね、お父さん。

【次回更新 その50】
2021年10月3週目(10月12日~15日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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