その44 俺の、いや、私の家の話

 父は、拍子抜けするくらい変わっていなかった。

 大腿骨の手術を受けて入院してから3カ月。その間ずっとコロナ対策で禁止になっていた面会が、ようやく緩和されて父に会うことができた。

 パジャマを着てベッドに腰かけていた父は、「お、来たか」といつも通りの口調で笑い、右手をあげて迎えてくれた。うるうるした感じの再会ではなかったのが、いかにも父らしい。ベッドサイドに大きな歩行器が置いてあることを除いては、骨折した93歳には見えなかった。

 「今日から面会できることになったんよ。調子はどう?」「大丈夫じゃ。どこも悪うない」。どこも悪くないことはないのだが、これが父の口癖だ。15分以内と決められた面会中、父の口から「痛い」という言葉は一度も出なかった。

 実はこの日、わかったことがある。

 父が入院した直後、宛名面にわが家の住所を書いた白紙のハガキを数枚届けておいた。面会できない間、耳が遠い父と電話で会話するのは難しいので、ハガキで文通を試みようとしたのだ。けれど、父からの便りはなく、ボケ防止の文通作戦は不発に終わった。

 と、あきらめていたが・・・父の病室で、書きかけのハガキを見つけたのだ。正しくは、書いたものを看護師さんに出してもらおうとしたけれど、文面を変えたほうがいいと言われ、そのままになっていたハガキだ。何が綴られていたかというと、「今のところまずまず大過なくすごしています」という近況にはじまり、手持ちのお金がないので3万円くらい届けてほしいという内容だった。

 入院患者の現金の持ち込みは、原則控えるように言われていたので、この部分がNGだったのだ。うーん、ザンネン。お金のことさえ書いていなければ、文通できたのに。


 それもこれも、過ぎてしまえば笑い話。面会が叶うようになった一週間後、父は晴れて退院できることになった。

 これからはホームで、入院前と同じような生活をすることが目標だ。伝い歩きでトイレに行けるまでには回復していたが、まだ時々ふらつくことがあるらしい。病院とホームのスタッフの方々から、父がリハビリで使っていた歩行車をすすめられ、レンタルすることにした。

 歩行車は、体重を支えながら移動するための歩行補助具で、見た目は買い物や散歩に使うシルバーカーとほぼ同じだが、歩行器のカテゴリーに該当するそうだ。

 父が歩行車を押して歩いている姿を初めて見たとき、すぐに思い浮かんだのは、そのころ私がハマりまくっていたテレビドラマ『俺の家の話』だ。車椅子の生活になった父親を西田敏行さん、介護する息子を長瀬智也さんが演じたドラマで、シルバーカーをめぐる親子のすったもんだも描かれていた。

 「使わねぇよ。こんなじじくせぇもん」と最初は拒否した父親の西田さんが、シルバーカーのことを「じじいカー」と呼んで自ら使いはじめるのだが、その姿が実にチャーミングでカッコイイのだ。

 ならば、最初から「こりゃあ便利じゃ」と、じじいカー、いや、歩行車をさらりと受け入れたわが父は、もしかしたら底抜けにカッコイイのかもしれない。そう考えると、『私の家の話』も捨てたもんではない気がしてきた。



【次回更新 その45】
2021年5月3週目(5月17日~21日)予定  

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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