その21 「転倒」のち「人生の転機」

 父が救急車のお世話になった。

 私の留守中にマンションの入口で転倒したのだ。と言っても、すぐに運ばれたわけではない。管理人さんが駆け寄ると、父は「大丈夫ですわぁ」と杖をついて立ち上がったらしい。目立った外傷もなかったので、わが家まで送り届けてくださったそうだ。そのとき私が不在だったため、「ひとりでは心配だから」と携帯に連絡をくださった。

 いきさつを聞きながら、頭の中では「うわぁ~。コケたんだ。うわぁ~」という思いがぐるぐるしていた。急いで家に電話をかけたが、耳の遠い父はなかなか出てくれない。もしかして倒れてる!?・・・しつこくしつこくコールして、やっと父の声が聞けた。

 「おお、コケたんじゃが、なんで知っとるんか。大丈夫じゃ。世話ぁない」。

 いつものしゃべり方でほっとしたが、「世話ぁない」は父の口ぐせだ。本当に大丈夫なのか。あわてて帰ろうとしたけれど、あわてたのは気持ちだけ。新幹線に乗っている数時間は、どうしようもできない。私が外出しなければ転倒は防げたのか。父をひとりにした責任も感じていた。

 家に帰り着くと、父は横になっていた。「足がもつれてコケるわ~と思うたんじゃが、あとのことはよう覚えとらん」と苦笑いをして、「世話ぁない」を繰り返す。自分で歩いてトイレにも行けたので、「念のために明日、病院で診てもらおうね」と私も寝ることにした。

 ところが深夜、父は「頭が痛い。首も痛うてたまらん」と言い出した。私の頭の中はまた「うわぁ~。頭を打ったんだ。うわぁ~」がぐるぐる。とにかく「落ち着け」と自分に言い聞かせた。

 救急相談センターに電話して症状を伝えたところ、救急車を呼ぶことになった。そこからあとは、ドラマで見たことがあるシーンの連続だ。テキパキと対応してくださる救急隊員のみなさん。深夜に受け入れてくれる病院探し。検査の結果は、脳にも骨にも異常はなかった。

 幸いなことに大事には至らなかったが、父の首にはしばらく捻挫の痛みが残り、私の胸には今後の生活への小さな不安が残った。

 それから10日あまり、父は朝の散歩に出かけることをやめ、デイサービスも休んでいた。「そろそろ無理のないペースで再開しようか」と話していたとき、ケアマネさんから連絡があった。デイサービスでお世話になっている施設の「有料介護老人ホームのフロアに空室ができた」という知らせだった。

 そこは、父が転倒する一週間前、「これからは施設で暮らしてみるのもええんじゃないかと思う」と言い出して、入居を希望していた場所だ。デイサービスで知り合った方々も入居されていて、父自身「あそこはええ。みんな親切じゃ」と、第1希望にその施設の名をあげた。

 とは言え、人気がある施設なので、まだ先の話だと思っていた。父にも「あわてないで、ゆっくり待とうね」と伝えていたのだが、このタイミングで空室ができるとは・・・。たくさんの方に見守ってもらえる場所で暮らしたほうが、これからの父のためにはいいというメッセージだろうか。

 ケアマネさんが「お父さまは運がいい方ですね」と声をかけてくださり、私の胸につかえていた何かがストンと取れたような気がした。

 空室ができたことを父に伝えると、「ほうか。それじゃあ今から行って部屋を見せてもらおう」と、いつものように前のめりだ。気がはやる父を「いろいろ段取りがあるから」と落ち着かせ、私も心の準備をはじめた。

 皮肉なことに、父が私の留守中にコケてしまったことが、「元気なうちに新しい生活をはじめたい」という父の思いを、応援する決心をさせてくれたのだ。父は転んでもただでは起きず、人生の転機をつかんだのかもしれない。

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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