父は今年、新しい元号で誕生日を迎えると、満92歳になる。
平成最後のお正月。どんな一年にしたいのか、あらためて抱負を訊いてみた。「抱負みたいなもんは特にないが、健康寿命が延びたらええの」と、いつものようにへへっと笑っている。では、そのために何をするか。父は「ほーじゃのう…」としばらく考えて、こんな言葉を口にした。
「なんでも食べよう、よく噛んで。光に当たれ、陽に当たれ。きれいな空気をいつも吸え」…ん?なにかの標語?それとも呪文?
父の口からスラスラと出てきたこの言葉は、昭和のはじめ、父が小学校に入学したとき校長先生から教わったそうだ。入学式で「今日から、これを守ってください」と言われ、素直な少年だった父は毎日実践していたらしい。
ただし、「よく噛んで」だけは、本当に実践していたかどうか、どうも怪しい。私の知る限り、父はとてつもなく早食いだ。あれもこれも口に詰め込んで、もぐもぐ、ごくん。飲んでいるのではないかと思うほどのスピードで、目の前の料理を平らげていく。「うまい、うまい」とは言うけれど、味わっているようにはとても見えない。
父の年齢で食欲が旺盛なのは、いいことだ。入れ歯が一本もなくて、すべて自前の歯だからガッツリ食べられるのだろう。そんな風にプラス思考でやり過ごすこともできるが、このままよく噛まない食べ方を続けていると、誤嚥の心配がある。実際、むせることも多くなった。なので「落ち着いて、ゆっくり食べようね」と、食事のたびに声をかけるのが私の役目だ。
ふと、少年時代の父の暮らしぶりを想像してみた。すると、頭の中に浮かんだのは「8人兄弟の末っ子」というキーワードだ。
小学生の頃、一緒に暮らしていたのは4人兄弟だったらしいが、大皿にどんと盛られた料理を前にして、いちばん小さな父は、どのように食事をしていたのだろうか。1秒でも早く箸をのばさないと、生存競争から落ちこぼれる可能性があったかもしれない。「なんでも食べよう、よく噛んで」と校長先生に言われた通り、口いっぱいにほおばって、なんでも好き嫌いなく食べたけれど、よく噛んで食べる余裕まではなかったのだろう。
それでも、父はすくすく育った。もうすぐ92歳になる今でも、早起きをして朝の光に当たり、散歩をして陽に当たり、なんでもよく食べている。父の健康法は、どうやら小学生の頃から変わっていないようだ。
「校長先生は、一年生でもできる基本的なことを言うたんじゃろうが、年を取っても、やっぱりこれに尽きるような気がする。ええことは、忘れんもんじゃの」。そう言って笑う父は、昭和のはじめから平成、そして新しい時代がやって来ても、校長先生の教えを守り続けるのだろう。
なんでも食べよう、よく噛んで。光に当たれ、陽に当たれ。きれいな空気をいつも吸え。
あ、小学生の頃からずーーーっと宿題のままだった「よく噛んで」は、今年の強化目標にしましょうね、お父さん。
投稿者プロフィール
- 広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」
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