#21 孤独なトップランナー

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
今回は、特殊なスーツを自作し、闘うヒーローに変身する佐野嘉一さんを取材しました。

宮崎県宮崎市 佐野嘉一(さの・よしかず)

自作のサバゲーコスチューム

 よく耳にするようになった言葉のひとつに「サバゲー」がある。「サバゲー(サバイバルゲーム)」とは、BB弾を発射するエアソフトガンを使用して敵味方に分かれ、お互いを撃ち合う遊びのことで、弾に当たったら自己申告で「ヒット(死亡)」と叫んでフィールドから退場するのが基本ルールとなっている。

 近年では、エアガンを撃つことよりもその世界観を楽しんだり、審判を配置してより競技性を重視したりするなど、そのスタイルはますます多様化を見せている。プレイヤーのなかには、さまざまなコスチュームに身を包み、まるでゲームや映画の世界に入ったかのような本格的なコスプレを楽しんでいる人も多い。なかでも、異彩を放っているのが、yoshika7(ヨシカセブン)こと、佐野嘉一(さの・よしかず)さんだ。

 宮崎駅のすぐ近くに、佐野さんが一人暮らしをするアパートはある。扉を開けると、10帖ほどのリビングの至るところに、これまで制作してきたコスチュームが山積みになっている。僕がカメラを向けると、佐野さんは手づくりのコスチュームに身を包んでポーズを決めては、早着替えのようにまた別のキャラクターに変身していく。

 よく見ると衣装に使われている素材の多くは、100円ショップで入手可能な日用品やバイクのヘルメットなどを加工したもので、全て手づくりだ。元となる素材を改良していくその豊かな創造力に脱帽してしまう一方で、生活空間あふれる室内で変身していく様に、どこか可笑しみと哀愁を感じてしまう。

 佐野さんは1987年に鹿児島県大崎町でひとりっ子として生まれた。現在は宮崎市内で契約社員として働いているが、最近まで市内にある父親のラーメン店で9年間働いてきた。

 「生まれてすぐに両親が離婚したので、父親に育てられました。キックボクサーだった父親は、引退後から鹿児島でラーメン店の経営やトラックの運転手などさまざまな仕事をしていたから、僕は祖父母の家で過ごしていました」

 祖父母も働いていたため、いつも仮面ライダーやウルトラマンといったヒーロー物のTV番組を観ていることが多かった佐野さんは、小学校にあがるとガンダムなどのプラモデルづくりに熱中した。現在はその多くを処分してしまったものの、かつては400体以上を所有していたこともあった。中学・高校時代は、漫画やアニメの絵を描くことが好きで、コンクールで賞をとったこともあるそうだ。

 「父の影響で、半ば強制的に小学校から中学校まで空手を習っていたんですが、ちょうどアニメ『ガンダムSEED』の放送時間と重なっていたんです。蹴りの練習をしているときは、いつも頭の中で『ライダーキック』をする妄想をしてましたね。大学のときもキックボクシングやムエタイ、柔術を習っていたんですが格闘家としてプロになろうなんて考えはなかったです。そこで培った体幹が、いまのサバゲーに役立っているのかも知れません」

「宅コス」から屋外のイベントへ

 高校生になると、裕福とは言えない環境だったため、何となく周りに流されて佐野さんも弁護士を目指すようになった。ダブルスクールをしなくても司法試験の勉強ができることから、高校卒業後は、福岡にある「LEC東京リーガルマインド大学院大学」へ進学して法律の勉強を開始した。大学時代は、ますますプラモデルやゲーム、漫画に没頭し、佐野さんが言うところの「健全なオタクライフ」を過ごしていたようだ。やがて、自分でも何か表現をしてみたいと思う気持ちが芽生えるようになった。

 「卒業後は、司法浪人できるほど金銭的な余裕もなかったので、すぐに仕事へ就く必要があったんです。大学を出て、父親のラーメン店を手伝いながら、2年ほど採用試験を受け続けていました。当時は就職氷河期で、30社ほど受けたんですが、全て落ちてしまいました。小さい頃から好きだったバンダイなども受験しましたが、駄目でしたね。生活の安定のために公務員になるか家を手伝うかの2択しかなかったから、本格的に父親のラーメン店で働くことになったんです」

 父親のラーメン店が軌道に乗ったことで、6年前から一家は宮崎へ転居。ラーメン店での仕事は、18時に出勤して朝5時に帰宅する日々。休日も1時間ほど店に顔を出してスープの仕込みなどをする必要があったため、友だちと遊んだり旅行に行ったりすることも全くできなかった。

 「友だちから遊びに誘われても、時間が合わないから遊びに行くことさえできなかったんです。そういう深夜の仕事が、孤独をつくる要因でしたね。孤独のなかで何ができるかって言ったら、僕にはモノをつくることしかなかったんです」

 深夜の仕事をしながらも、表現への欲求を抱えていた佐野さんにとってヒントとなったのは、映画『バットマン』や『キック・アス』など、特殊能力を持たない普通の人間が特殊なスーツを着て闘うヒーローの姿だった。そうしたヒーローに自身を重ねあわせ、「変身」することへ憧れを抱いた佐野さんだったが、技術もないしやり方もわからない。

 転機となったのは、24歳のとき。ネットサーフィンをしていたら、バイクのプロテクターに目が止まった。「これは現代の鎧だ」とインスピレーションが湧き、すぐに購入。その後も、髑髏の形をした既成品のヘルメットを改造したり、100円ショップに行って使えそうな素材を探したりしては身近な品を組み合わせることで工夫をこらした。

 最初に、コスプレをして自撮りした写真をTwitterにアップしたところ、知人からは「何してるの」と言う冷めた反応が返ってきたが、東京でサバゲーをしている人たちからは、「宮崎にも変なやつが現れたぞ」と話題になった。連絡をくれる人たちも出てきて、そこから交流が始まった。

 自宅でコスプレをする「宅コス」として知られるようになった佐野さんがサバゲーに没頭するようになったのは、いまから6年前。知人から宮崎県内でのサバゲーイベントに誘われたことがきっかけだ。

 「最初は、『迷彩服とか持っていないから無理だよ』と断ったんですけど、『そのままの格好でいいから行こう』と誘われて参加したんです。みんな迷彩服で、僕だけこの格好だったんですが、とにかく面白すぎたんです。もともと『メタルギアソリッド』など戦争ゲームやアクションゲームが好きだったから、実際に銃を持ってヒーローの格好をして闘っている姿っていうのが客観的に考えても楽しかったんですよね」

自分の評価軸で自由に変身

 佐野さんは、自在にパーツを組み合わせて変身するコスプレの基本形を「yoshika7(ヨシカセブン)」と名付けている。まるでヒーローのような名前だが、特に影響を受けたのは幼少期に熱中した「仮面ライダー」だ。Twitterで参考になる装備を見つけたら、使えそうな素材を組み合わせて自己流に制作を進めていく。

 「本格的な装備はお金が掛かるし優劣も出てきます。誰かと比べるんじゃなく自分だけのものをつくるしかない」と空き時間にアイデアを練って手を動かしてきた。それをTwitterに投稿して、SNS上での交流を深めている。そして、佐野さんは「世紀末」と呼ばれるコスプレにも挑戦している。

 「文明崩壊後の世界にいる『蛮族(※未開の部族)』のようなクレイジーなマスクを付けて、この装備のときは髪を床屋さんでモヒカン刈りにしてもらうんです。仕事中はタオルをかぶっていたから、そんな髪型でも大丈夫だったんですよね。裸にコーヒーで煮て汚く見せた衣装を羽織って、肩には100円ショップで売っているラグマットをかけるんです。ほぼ裸だから、体にBB弾が当たったときは、痛みを我慢していますね」

 ラーメン屋で働きながら、たくさんの装備をつくり続けてきた佐野さんだが、後悔しているのはそれを披露するイベントに出演する機会に恵まれなかったことだ。それでも9年間もラーメン店で働いていた理由を、「100回くらいは辞めたいと思っていましたけど、親を裏切ることが出来ない。その勇気がなかったです」と唇を噛みしめる。

 佐野さんの制作は、幼少期に憧れたヒーローが原点となっている。一方的な味方をすれば、それは現実世界からの逃避に過ぎないのかも知れないが、孤独の闇から生まれたその脆弱な素材の表現に、僕は佐野さんの力強い自己主張を感じてしまう。これまで仕事が忙しすぎてつくることができなかったり、イベントに行くことができなかったりと、決して制作や発表の機会に恵まれていたわけではない。地元のサバゲーに参加しても、自分だけが浮いてしまう状態のときもあった。だから、途中でやめようと思ったことも何度かある。いまも働きながら大学の奨学金を返納しているから、貯金もない。

 けれど、将来への不安はないそうだ。もちろん、「あのとき、諦めずに勉強を続けていたら」と頭をよぎることだってある。それでも、佐野さんがずっと制作を続けているのは揺るぎない自分だけの評価軸を持っているからだ。他人とは異なる評価軸で表現行為を続ける佐野さんにとって、もはや競争相手などいない。お金をかければいくらでも豪華な装備をつくることができるが、そこに一旦足をかければ上へ上へと登り続けていくしかない。

 「自分がこれでいいんだと思えば、これでいいんです。僕のはクオリティは低いけど、種類が多いから、どんな自分にでもなれるんです」

 他人と同じでいることに安堵感を覚えてしまう僕らにとって、オンリーワンになることは、簡単そうでとても難しいことだ。競争相手のいないフィールドで、今日も佐野さんはトップランナーとして走り続けている。


イベント情報<申込受付中>

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開催中~11.3(日)ピンクスキー個展「絵の中のわたし」& 常設展示室オープン
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12.1(日) びんごトリップトラベルvol.3 ゲスト:今立進(エレキコミック)
詳しくはこちら http://kushiterra.com/office/

2020年1月、ニューヨークで開催「アウトサイダー・アートフェア」初挑戦のクラウドファンディング開始!

 

profile


文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

書籍「アウトサイドで生きている」発売中
タバブックス1800円+税
日本唯一のアウトサイダー・キュレーターが伴走する街の表現者たち。
話題の自撮りおばあちゃん、武装ラブライバー、昆虫の死骸で観音像をつくった男、仮面だらけの謎の館、雑草を刈りアートにする路上生活者、食べたものを記録し続ける男......18 人の表現者たちの驚異のアートと、豊かな生きざまを追ったドキュメンタリー。

 

書籍「アウトサイド・ジャパン 日本のアウトサイダー・アート」
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