#12 庭は、動き出す

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一のアウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。9/16発売の「アウトサイド・ジャパン」には、このコンテンツに登場した表現者も掲載されます。
今回は、庭をメンテナンスする姿に人やものへの愛情を感じさせる山下利夫さんを取材しました。動画もご覧ください。

埼玉県狭山市 山下利夫

自作のオブジェがある庭

 埼玉県の南西部に位する狭山市。静岡茶、宇治茶と並び「日本三大茶」のひとつ、狭山茶の生産地として知られている。最寄り駅から車で10分ほど走った交差点の一角に、今回の目的地はあった。

 築50年ほどの民家の敷地には、二宮金次郎像や石に廃材を埋め込んだ交通安全人形などユニークな大小200点以上の作品が並んでいる。庭に入ると小さな飛行機や水車が風を受けて勢いよく回り出した。あちこちがジオラマのようになっており、まるで気分は小人の国に迷い込んだガリバーのようだ。玄関脇で麦わら帽子を被って作品のメンテナンスをしていたのが、この作品群の作者・山下利夫さんだ。

 山下さんは昭和16年に8人きょうだいの4番目として狭山市で生まれた。「小さいころから遊ぶのは達者で、近くにあった神社でかくれんぼなどをして遊んでたな。実家はごぼうやさつまいもを育てる農家でな」。

 中学卒業後は小さな下請け会社に勤務したが、父親から「お前、大工やれ」と言われて工務店に転職。下積み期間を経て、25歳ごろから大工として働くようになった。28歳のときに、5歳下のヨシ子さんと結婚し2人の子どもを授かった。

 結婚前には、両親から譲り受けた桑畑の土地を活用して、仲間に手伝ってもらいながら自宅を新築。歳をとるにつれて、高いところへ登るのが危なくなったため、65歳のとき、大工の仕事を退職した。そのあとは、知人の誘いでシルバー人材センターに勤務し、公園の清掃員として2年ほど働いた。

 そんな山下さんが庭いじりをはじめたのは、30歳のころからだ。山から松を取ってきたり、築山(人工的につくった山)をつくり、そこに隣の植木屋さんから譲り受けたツツジなどを植えたりしたことがきっかけだ。その後は、二週間に一度の休みを利用して、マキやモチやツゲなどの庭木を植え始めた。

 それから、「殺風景だったから」と庭にみずから穴を掘って横幅2メートルほどの池を自作。水面をのぞくと、すっかり大きくなった金魚が優雅に泳いでいる。

 長男が小学校にあがる前には、親戚の土建屋から譲り受けたブランコを庭に移設し、鉄棒も自作した。当時は、子どもがよく友だちとブランコを一生懸命漕いで遊んでいたが、大きくなるにつれて誰も遊ばなくなったため、現在は撤去し植木場になっている。家族の成長など時代の変化にあわせて庭が多様に変化しているのがなんとも面白い。

 築山の部分には小さな観覧車まであり、五重塔や鳥居など日本的なモチーフも多い。
「それは東村山菖蒲祭りに何度も通って水車を観察してつくってな。それが壊れたから観覧車にした」

 そして何より、庭のいたるところには富士山をモチーフにしたオブジェが多いことに気づく。「2回登ったこともあるし、大好きなのよ。ほら、富士山が世界遺産になったでしょ。でもお父さんに言わせると『俺のほうが先なんだよ』ですって」と妻のヨシ子さんは笑う。

 石を積み上げてモルタルで固めた小さな富士山もあれば木で型をつくり、コンクリートで固めてペンキを塗った大きな富士山もある。さらに、遠くから見ると植木も富士山の形になっていおり、ディズニーランドの「隠れミッキー」のように、ひとつひとつ見つけていくのが楽しい。

 左の植木は富士山の形に刈り込まれている

見られる空間

 10年ほど前には、隣の植木屋から水を循環させる装置をもらって地面に埋め込んだ。作品の周囲には水路が張り巡らされており、いくつかの場所から噴水のように水が湧き出るような仕掛けになっている。水道管の長さも含めると全長は10メートル以上に及ぶ。

 またあるときは、電気店を経営していた弟から譲り受けた電灯を利用してイルミネーションも自作。100円ショップや廃材などを利用して、ほとんどお金をかけることなく、独学でこうした作品を制作し続けている。

 常にそのアイデアを考えているようで、ヨシ子さんの話では寝ていても「閃いた」と夜中に起こされることが何度かあったんだとか。大工を退職する前後から、制作のスピードは加速していったようだ。

 いちばん大変なのは、こうした作品のメンテナンスだ。「いいと思ってつくっても、やっぱり調子が悪くなったりするから、それの繰り返しだよな」と呟く。

 水が循環する装置は針のような穴から水が湧き出るようになっているから、定期的に点検しなれば目詰まりしてしまう。特に冬場は凍結を防ぐために竹を被せているそうだ。

 子ども用自転車のホイールを利用した水車

 だから山下さんは朝4時ごろには起床し、日が暮れるまで外で作業に没頭している。「この酷暑で熱中症になったりしないんですか」と尋ねると「わたしが汗びっしょりになってても、この人は『夏だから当たり前なんだって』と言うんです。長年、大工をやってたから暑いのや寒いのは平気なんでしょうね。とにかく家でじっとしてられないんだから」とヨシ子さんは教えてくれた。

 「子どもからは『センスがねぇ』って言われるし、同居してる孫たちからは見向きもされない。誰かのためにやってるわけじゃねぇけど、やっぱり角地で通行人が通るからね。ときどき、話しかけてくれたり見学に来てくれたりするから、それが楽しみになってんだな。ほら、小学生も社会科見学でやってくるんだよ」

 そう言って山下さんが指差した先には、見学した小学生からのお礼の手紙が大切に飾られていた。

 いつも水を出して庭中に循環させている
 ゴミが溜まらないように掃除も欠かせない

作者とともに生きる庭

 山下さんは、設計図も書くこともなく制作を続け、小さな作品であれば1日もかからずにつくってしまう。そして誰が見にくるわけでもないのに、毎日メンテナンスを続け、夕方になると必ずイルミネーションを点灯させる。「そこにある肩たたきで部屋の中からスイッチを入れるんですよ。配線を近場まで引っ張っちゃってねぇ」とヨシ子さんは微笑む。これまで途中でやめようと思ったことはないと言う。

 7年ほど前までは、月に一度、近所の人たちと山へ行ったり東京へ遊びに行ったりすることもあったが、山下さん曰く「かったるくなって」、それもやめてしまった。

 「俺がやんなくったら、もう終わりだよ。それこそ子どもたちの駐車場になるよ」と冗談交じりに話すが、この庭づくりがいまの山下さんの全てだ。

 そもそも庭とは誰かが居住する場所につくられるものであり、パブリック空間とプライベート空間の接点となる特殊な場所だ。そして同時に建築物でも自然でもないという不思議な存在となっている。

 庭木には玩具のカブトムシまでとまっている
カレンダーや天気も毎日変えている

 さらに、「庭には生命がある」と言われている。それは植物が植えられているというだけではない。庭は手を加え続けても、明確な完成図というものがなく、作り手の力量でその姿を変えていってしまう。まさに作り手の生き様が反映されたものが、庭であり、言い換えると山下さんの生き様を表現するには庭が適していたというわけだ。

 山下さんの作品は、大きさも高さも種類もバラバラで計画的につくられたものではないことが一目瞭然だ。統一感のない空間だが、僕にはその玉石混合な様が、この世界の混沌さを反映しているようで、どこか可笑しみさえ感じてしまうのである。

 毎日、作品のメンテナンスを欠かさない山下さん


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2020年1月、ニューヨークで開催「アウトサイダー・アートフェア」初挑戦のクラウドファンディング開始!

 

profile


文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
住所:広島県福山市花園町2-5-20

書籍「アウトサイドで生きている」発売中
タバブックス1800円+税
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話題の自撮りおばあちゃん、武装ラブライバー、昆虫の死骸で観音像をつくった男、仮面だらけの謎の館、雑草を刈りアートにする路上生活者、食べたものを記録し続ける男......18 人の表現者たちの驚異のアートと、豊かな生きざまを追ったドキュメンタリー。

 

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