その55 そのうちなんとか

 父は、今年95歳になる。

 同じ年に生まれた有名人を調べてみると、植木等さんの名前を見つけた。高度経済成長期の日本を代表するコメディアンとして一世を風靡。80歳で旅立たれたけれど、若き日の父と同じ時代を生きた方だと思うと親近感がわいてくる。

 ただし、植木等さんの場合は出生届を出すのが遅れたため、戸籍の上では父と同じ昭和2年生まれになったそうだ。実は父も、戸籍の誕生日と実際に生まれた日がちょっと違っているらしい。当時は、そんなことが珍しくなかったのだろう。

 植木等さんのヒット曲の中に、「そのうちなんとかなるだろう」という歌詞があったが、これなどはまさに父の口ぐせだ。「心配せんでもなるようになる」と事あるごとに言う父は、サラリーマン時代、この歌に励まされていたのかもしれない。太陽のような植木等さんの笑顔が、父と重なるような気がした。

 ちなみに、漫画『天才バカボン』のパパの誕生日は、植木等さんの実際の生年月日と全く同じだ。バカボンのパパの決まり文句「これでいいのだ」は、「そのうちなんとかなるだろう」に匹敵する名言だと思う。

 そして、私の中ではこれらの言葉と肩を並べる父の口ぐせ「心配せんでもなるようになる」は、年末年始に証明された。昨年末、父の帰宅予定を前にして新型コロナウイルスの感染状況を心配したが、お世話になっているホームの許可が出て、一緒に年を越すことができたのだ。

 

 前回の『父ときどき爺』には、2年ぶりに帰宅した父が、家の中で迷子になりそうになったことを書いたが、父に教わることもいろいろあった。その一つが、「不満がないと、不満がないことのありがたみがわからない」という禅問答のような言葉だ。

 何でも先回りして準備したがる私は、父の帰宅に備えて電動ベッドとトイレの手すりをレンタルした。風邪をひかせてはいけないと、ぬくぬくの寝具を用意して、年の始めに着る新しい服も買っておいた。冷蔵庫は食材で満杯。父の部屋のテレビにイヤホンをセットして、洗面所には新しい歯ブラシ。指差し確認をしながら、待ってましたとばかりに父を迎えた。

 それを見た父は「至れり尽せりじゃのう」と笑った。そして「不満をさがさんといけんわ」と言ったのだ。

 ん?どういう意味?という顔をした私に向かって、父はこう続けた。「不満がないことのありがたみは、不満がある状況を経験せんとわからんからの」。

 ほほう。いきなり深いお言葉。久しぶりに帰宅した父は舌好調だ。

 今思えば、そのときの私は、がんばり過ぎている感じがしたのだろう。いわゆる、押し付けがましいという空気だ。もちろん、そんなことは言わなかったけれど、ゆるいくらいがリラックスできていいと、父は言いたかったのかもしれない。

 でもね、お父さん。いくらがんばっても、どこかヌケているのが私です。どうか安心してください。

 とは言え、これだけは抜かりのないように!と、私の肩にチカラが入る瞬間があった。お雑煮好きな父が、お餅を食べているときだ。喉に詰まらせないよう「ゆっくり食べてね」と声をかけ、父が食べ終わるまで横目で見守った。

 おかげさまで、コケることも、風邪をひくことも、お餅を喉に詰まらせることもなく、父娘ともども無事に過ごすことができた。それだけで万々歳のお正月だった。

 父をホームに送って行った2日後、まん延防止等重点措置のため、またまた面会を禁止するという連絡があった。この決定が年末に出されていたら、父は帰宅できなかったかもしれない。ギリギリセーフだったと前向きに考えることにしよう。

 面会禁止になってからひと月以上経った今は、「そのうちなんとかなるだろう」と思いながら、再び父に会える日を待っている。

【次回更新 その56】
2022年4月3週目(4月11日~15日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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