その40 紙パンツの市民権

 父は、意外とすんなり紙パンツを使いはじめた。

 実年齢よりは若く見られがちな93歳。外出するときに杖はつくけれど、部屋の中は自由に動きまわり、自分でトイレに行っている93歳だ。

 その父が、布のパンツと紙パンツを使い分ける生活をはじめたのは、5年前のことだ。きっかけは、癌の手術を受けるための入院だった。

 普段から、体調によってはトイレに間に合わないこともあったので、私は念のために紙パンツを用意した。その頃はまだ「大人用紙おむつ」という呼び名が一般的だったが、父の前で「おむつ」という言葉は使わないようにしよう。それだけは心に決めていた。

 入院前、病院に持って行く荷物に紙パンツを入れておいたのを見つけて、父は「こりゃあいらんわぁ」と苦笑いをした。やはり抵抗があるようだ。私は、できるだけさらりとした口調で「これ、紙でできたパンツなんよ。最近は入院するときにみんな使うんだって」と言ってみた。

「ほうか。まぁ持って行ってみるか」「うん。紙パンツをはいてもいいし、はかなくてもいいし。でも、紙パンツって便利らしいよ」。

「紙パンツ」という言葉を意識的に連呼して、父の頭の中から「おむつ」のイメージを消そうとする私がいた。

 

 手術を無事に終えて、病院の廊下を歩くリハビリをはじめた父は、自分から紙パンツをはくようになった。理由は、あえて訊いていない。下着のようなうす型のものを選んでいたので、あまり抵抗なく手がのびたのかもしれない。

 そういえば、父にすすめるとき「リハビリ用の紙パンツ」という言葉を使ったような気がする。リハビリするときにはくと安心だと、ちょっと盛って言ったような気もしてきた。

 その言葉に乗っかって、試しにはいてみたら思いのほか快適だったのだろう。身につけるものを選ぶとき、快適かどうかを本能的にジャッジしている父の場合、紙パンツのはき心地がよかったことが幸いしたのだと思う。

 退院してからも、長時間外出する予定がある日は、紙パンツをはくようになった。老人ホームに入居してからは、父がはき慣れているメーカーの紙パンツを届けて、なくなる前に補充するようにしている。コンスタントに減っているところを見ると、父が自分のペースで快適な生活を送ろうとしていることが想像できる。

 最近はドラッグストアに行くと、いかにも「おむつ」という感じがしない商品がたくさん並んでいる。はき心地のよさそうな商品がどんどん開発されて、テレビCMもアクティブなイメージのものが多い。そのおかげで、紙パンツを抵抗なくはけるようになった人は、きっと増えただろう。

 娘が高齢の父親に「おむつ」を提案してみる。このデリケートで精神的なハードルが高い案件は、ひと昔前に比べると、ずいぶん切り出しやすくなったのではないだろうか。「おむつ」を「紙パンツ」と言いかえるだけでも、そのハードルがさらに下がることを、父が証明してくれた。



【次回更新 その41】
2021年1月4週目(1月18日~22日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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