その20 百歳へのシナリオ

 父が雑誌を買ってきた。

 「これを見てみぃ」と手渡された表紙には、こんな特集記事のタイトルが太字で書かれていた。

 親が「ボケる前」「ボケた時」にやるべきこと
   親が「死ぬ前」「死んだあと」に必要な手続き

 あまりにもストレートな文章に戸惑う私を見て、父は「ワシも勉強するが、時間があるときにちょっと読んでみんか」と笑いながら言った。

 父は今年、満92歳になる。

 このところ、たびたび口にするようになったのが「これから」という言葉だ。そして、思うようにカラダが動かないことがあると「こりゃあ老衰じゃの」と、今までほとんど聞いたことがない「老衰」という言葉を使うようになった。

 年齢を重ねて変化してゆく自分と向き合いながら、これからのことをいろいろ考えているのだろう。

 その数日後、ケアマネさんと介護サービスのスケジュールを確認しているとき、父が「ちょっとええですか」と言葉をはさんだ。

 「ワタシも、はぁ、92歳になりますんで、これからは施設で暮らしてみるのもええんじゃないかと思うんですが、入れてもらえる所はありますか」。

 いきなり、である。施設で暮らす意思があることは、これまでにも何度か父から聞かされていたが、このタイミングだとは・・・。私の心の準備ができていない。ケアマネさんと顔を見合わせて、とりあえず父の思いを聞いてみることにした。

 デイサービスで同世代のお仲間ができた父は、同じような時代を生きて来て、同じような趣味を持つ方々と、施設で暮らすことを具体的に考えはじめていたらしい。「施設暮らしもなかなか楽しいという話を聞いて、一度は経験してみたいと思うとるんです。娘は仕事がありますし、ワタシは家にずっとおると退屈なんですわぁ」。

 そっかー。退屈なんだ。デイサービスに通いはじめて、けっこう忙しいスケジュールだと思っていたけど、退屈なんだ・・・。

 もちろん、それだけではないことは分かっている。私のこれからを思いやっての発言だろう。日頃から「お互いマイペースで行こうの」と口ぐせのように言っている、父らしいと思った。

 「施設で何年か暮らしたら、まぁ、いずれは病院のお世話になるでしょうから、あ、田舎の墓はもう、きれいさっぱり片づけて永代供養にしたんで、焼いたらそこに入れてもろうて・・・」父が語る百歳へのシナリオは、ひとしきり続いた。

 自分がまだ元気なうちに、これからを見据えた新しい生活をスタートして、自分のシナリオ通りに生きたい。それもきっと、父の本音だろう。

 父の思いと、娘の思い。両方を察したケアマネさんが「あわてないで、暮らしやすい場所を探しましょうね」と、その場をおさめてくださった。

 父が思い描く「これから」のシナリオに、なるべく近い暮らし方ができるように協力する。もしかしたら、それが私の役目かもしれない。ただし、せっかちで何でも先まわりする父を落ち着かせるのも、私の役目だ。

 「お父さんの思うようにしたらいいけど、あわてて決めないようにしようね」「おお、そうしよう」。

 父と娘のシナリオには、これから新たな展開が待っているようだ。

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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