その19 ほがらかのチカラ

 父が、おやじギャグを言わない日は一日もない。

 ときどき、ギャグの言葉が鼻歌に変化して、身ぶり手ぶりまで付いてくる。お酒を飲んでもいないのに、ほろ酔い気分になれるのは父の特技だ。興に乗ると鼻歌の域を超え、声がどんどん大きくなっていく。観世流の謡を嗜んでいたせいか、91歳の今も、お腹からどーんと声が出るのだ。

 昭和のメロディーを朗々と歌いあげる父。近所迷惑になりそうな一歩手前で、私が「うまい!」と合いの手を入れると、父は「へへっ」と照れ笑いをして歌うのをやめる。

 テレビで「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱ってくれるチコちゃんによると、中高年の男性がおやじギャグを言うのは「脳のブレーキが効かなくなっているから」だとか。年齢を重ねるとボキャブラリーが増え、言葉の情報を保存する脳の側頭連合野が発達するので、どんどんダジャレを思いつくらしい。

 語彙が豊富なのは年の功でもあるが、思いついたダジャレをすぐ口に出すかどうか、そこがユーモアとおやじギャグの分かれ道。脳内でダジャレが量産される一方、感情をコントロールする前頭葉の働きは加齢と共に低下する。そのため、「くだらないと思われるかも」という理性のブレーキが効かなくなるそうだ。

 ここまではチコちゃんの受け売りだが、怒りっぽくなるのも前頭葉の衰えが関係しているらしい。だとすると、脳が暴走するベクトルは、怒りではなく笑いに向かうほうが断然いい。おやじギャグが止まらない父には、このままずっと笑いの方向に突っ走ってもらいたいと、心からそう思う。

 とは言え、同じギャグを何度も聞かされると、私の反応は薄くなる。忙しいときは、聞こえなかったふりをすることもあるが、毎日のことなので、ねぇ。そこは許してくださいな。

 その点、父のケアマネさんは、炸裂するおやじギャグをいつも笑ってくださる。ほがらかで気遣いが素晴らしく、私たち親子の心強い味方だ。父はケアマネさんに会うたび、「あなたの笑顔を見ると、元気になりますわぁ。薬より、よう効きます」と嬉しそうに言う。その言葉は、決してお世辞ではない。

 父が足腰のリハビリでお世話になった理学療法士さんも、ほがらかで聞き上手な方だった。親身になって話を聞いてくださり、冗談を交えながら気さくに接していただいたおかげで、父は初日からリラックスできたようだ。リハビリに通いながら、カラダだけでなくココロもほぐしてもらえた父は、本当にラッキーだったと思う。

 父と暮らすようになってから、高齢者の医療や福祉が、いかに多くの人に支えられているかを知った。そして、ほがらかに対応してもらうことで、本人や家族がどんなに安心できるか、そのことも日々実感している。

 私も、大変なときこそ眉間のシワを指でのばし、冗談の一つも言ってみたいけれど・・・あ、いるいる、身近にそんなお手本が。今、歌いながら廊下を歩いている父だ。

 「お!腕時計を忘れた。ボケたかのぉ。なんでかのぉ。なん時じゃ、なん時じゃ、な~んごくぅ~土佐を~あとにぃしぃてぇ~♪」

 ほがらかのチカラは、やっぱりすごい。

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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