その13 91歳のターミネーター

 父の癌が再発した。

 今から4年前、開腹手術で肝臓を切除した父は、その後、定期的に検診を受けてきた。毎回「異常なし」というお墨付きをもらっていたのだが、この夏、小さな癌が見つかったのだ。

 早期発見だったので、検査結果はさらりと伝えられた。父に付き添って診断を聞いていた私は、「再発」という言葉に一瞬息を飲んだけれど、治療すれば進行を抑えられるという説明に胸をなでおろした。耳の遠い父は、先生の話をちゃんと聞き取れただろうか。気になって顔を見ようとしたとき、「再発しましたか。また治療してもらわんといけんですな。よろしくお願いします」と、いつもと変わらぬ表情で頭を下げていた。 診察室を出てから、私は父との会話の中で、再発という言葉を使わないようにした。「早く見つかってよかったね。いちばん体に負担のない方法で治療してもらえるって。91歳とは思えない体力があるから大丈夫だって」。父だけでなく、自分自身にも言い聞かせることで、気持ちを落ち着かせていたのだと思う。

 「ほうじゃの。けっこう長いこと生きたが、まだ死ぬような気はせんけぇ、大丈夫じゃろ」と、父はおどけたように言った。そして、「腹が減ったのう。とにかく昼めしが先じゃ」と足早に病院の食堂へ行き、肉料理の定食をペロリとたいらげた。

 そんな父も、4年前に初めて癌と告知されたときは、しばらくの間、食事の箸がすすまなかった。何も治療をしなければ余命1年と告げられ、87歳の高齢でありながら手術を受けることを決断。見事に快復したという自信が、今の父にはあるのだろう。

 2週間後に入院することになり、父はにわかに身のまわりの整理をはじめた。「そうは言うても、絶対帰れる補償があるワケじゃないけぇの。いらんもんは捨てとこう」。そう言って自分の部屋を片付けていたが、実は、4年前に退院してからこれまでの間に、父はわが家の大仕事をすでに成し遂げている。父の故郷の墓じまいと家じまいだ。

 「わしが元気なうちに何とかせにゃあの」と腕まくりをして、どちらもきれいさっぱり整理してくれた。家財道具もほとんど処分したので、今の父の部屋は、ほぼ必要なものだけに断捨離されている。巷で断捨離がブームになっていることなど、父はきっと知らないだろうけれど。 そうして、身軽になって入院した父は、おかげさまで無事に治療を終えた。当初、入院期間は10日間くらいと言われていたのだが、1週間も経たないうちに退院許可がおりた。91歳になっても、周囲が驚くほどの快復力だ。

 実を言うと、私はできるだけ長く入院して体調管理をしてほしかった。父が入院したのは、命を脅かすほど危険と言われた猛暑の最中だったからだ。けれど、せっかちな父には通用しない。そろそろ退院してもいいと言われた途端、さっさと荷物をまとめて帰って来た。

 退院した翌日から、何事もなかったように、よく食べ、よく寝て、よく歩く生活を取り戻した父は、やっぱり不死身なのではないだろうか。入院と猛暑で体重こそ減ったが、それも「ちーと太り過ぎとったから、今くらいがちょうどええ」と、どこまでもポジティブでマイペースだ。

 父の名前の頭文字は「T」だが、それはターミネーターの「T」だと私は思っている。父に伝えたら「なんじゃ、そりゃ?」という顔であっさりスルーされたけれど…。ときどきよろけることもある91歳のターミネーターは、今日も元気だ。

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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