その9 第四の人生の先まわり

 父が第四の人生に向かって動き出した。

 リタイアして故郷に帰ったのが第二の人生だとすると、現役時代に暮らしていた広島に戻り、私と暮らしはじめたのが第三の人生。そして、90歳になって故郷の家じまいを決断した父は、これから先の10年をどう生きるか、家と自分のことを同時進行で考えていたらしい。

 らしい…と言うのは、「こんなもんをもろうて来たんじゃが」と、父が高齢者施設のパンフレットを私の目の前に広げるまで、そんな素振りは見せなかったのだ。

 一瞬、ぽかんとした。そして、胸の奥のほうからざわざわざわ。なんとも言えない感情が湧きあがってきた。父は今の生活に不満があるのだろうか。

 日々の暮らしの中で、父の「要支援」を意識させられる場面は少しずつ増えているが、まだ「要介護」ではない。いずれは介護が必要になり、施設のお世話になることもあるだろうと思っていたが、父の考えは逆だった。故郷の家のことがすべて片づいたら、元気なうちは施設で暮らそうと思っていると言う。

 ぼんやりした頭で、父の言葉を聞きながらパンフレットに目を落とした。そこに紹介されているのは、自立して生活できる高齢者が対象のケアハウスだった。

 私が父と暮らしはじめたのは、父が癌の治療のために入退院を繰り返していた時期だった。なので、何でもかんでも先まわりして世話を焼いていたと思う。その頃の父は体力的に弱っていたし、日常生活で負担をかけないようにすることが、私の役目だと思っていた。

 やがて、周囲も驚くほどの快復ぶりを見せた父は、おどけたように言った。「いろいろよう気がつくのう。じゃが、自分のことは自分でせにゃあの。ボケちゃあいけん」。その言葉を聞いてハッとした。親孝行の真似ごとをしているつもりが、親孝行の押し売りになっていたのかもしれない。いつまでも病人扱いされ、そのうえ年寄り扱いされているようで、鬱陶しかったのだろう。

 それからは、なるべく先まわりしないよう心がけてきたが、元気なうちは身内の世話になりたくないと言うのが、施設に入る理由なのだろうか。

 父と私は、お互いに一人暮らし歴が長いので、良くも悪くも自分のペースが出来あがっている。住まいを仕事場にしている私が、夜までパソコンに向かっていると、トイレに起きて来た父が声をかける。「はよう寝んと体にようないじゃろ。まだ寝んのか?」。心配してくれるのはありがたいが、時計を見るとまだ夜の9時。それが父時間だ。小学生よりも早く寝るので、私が真夜中まで仕事をしているように見えるのだろう。「明日が締め切りなんよ」「ほうか。ムリせんようにの」と父は寝床に戻って行く。父時間と娘時間はかけ離れたまま、同じような場面と会話がデジャブのように繰り返される日々である。それも、理由の一つなのだろうか。

 父の本意は、まだよく分からない。ただ一つ言えるのは、父にとって「わしの家」は、これから解体する故郷の家だということ。今の生活はきっと、娘のところに仮住まいをしている感覚なのだろう。ここは賃貸マンションなので、私にとっても仮住まいなんですけどね、お父さん。

 いずれにしても、今は家じまいの段取りだけでも大変なのに、あれもこれも一度にやろうとするのはムリがある。そのことを父に伝えると、「ほうじゃの。あわててあの世に行くことはないか」と、いつものように冗談めかして笑った。

 何でもかんでも先まわりしてやろうとする私の性分は、父親ゆずりなのだ。

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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