その8 家じまいのアルバム

 父が故郷の家をたたむことに決めた。

 その家は、祖父母が店を構えていた土地に、定年退職した父が建て替えた店舗兼住宅だ。転勤族だった父の退職が近づいたある日、祖父が突然倒れてこの世を去り、父は母と二人で故郷に帰ることを選択した。

 それから15年後、母が病気で先立ち、それでも店を続けたいという祖母を看取って、父は店を閉めた。店舗のあったスペースがコンクリートの床だけになり、空き家がどんどん増えていく通りに、がらんと広過ぎる家が残った。

 父は数年前から「このあたりの家は、売りたくても買ってくれる人がなかなかおらん。相続するときはマイナス資産じゃ」と、しきりに言うようになった。そして、このマイナス資産を自分の手でどうにかすることが、最後の大仕事だと思ってくれているようだ。

 その場所は、私にとっても本籍地ではあるが、正直なところ住んだことがないので土地勘はほとんどないし、周囲の現状も分からない。家や土地をどうしたらいいのか、とてもじゃないけど決められそうにない。その決断を父がしてくれるだけでも、心の底からありがたいと思っている。

 ほんと、将来あの家と土地はどうなるのだろう…と考えただけでもゾッとして、考えることをやめてしまっていたのだから。

 まず、家の中のものを処分しようという話になった。父に「なるべく捨てようね。もし使ってくれる人がいれば貰ってもらおうね。で、お父さんがいるものは?」と訊いてみた。「うーん、そうじゃのう。いるもんはないが…」「そうよね。私もないし。じゃ!」と片づけモードにスイッチが入り、ちゃちゃっと事を進めようとしたら、「お、アルバムが…」と父がつぶやいた。「ん?アルバムはお母さんが亡くなったときに整理したよ」「おお、まだあるんじゃ」。

 2階の部屋に置いてあったアルバムは7冊。開いてみると、そこには私の知らない父の日々が写っていた。退職してから故郷に帰り、親戚や友人と旅行に出かけたときの写真。ご近所の皆さんと宴会を楽しんでいる写真。そして、父が79歳のときに初めて北米を旅した写真もあった。孫のように可愛がっていた親戚が住んでいて、「海外に行けるんは最後かもしれん」と会いに行ったのだ。

 80歳を前にして海の向こうに旅立つ父を見送るのは、ちょっぴり不安だったような気がする。けれど、父が90歳になった今、当時の写真をあらためて見るとずいぶん若い。メジャーリーグのスタジアムで撮った写真などは、お爺さんではなく野球好きのめちゃめちゃ元気なおじさんだ。

 ということは、父が100歳になったとき、90歳の今の写真を見たらきっと「若かったなぁ」と思うのだろう。アルバムを見ながらそんなことを考えていたら、父がときどき口にする言葉をふっと思い出した。

 「これから先は、今が一番若いんじゃけぇ、やりたいことは今やっとこう」。いつの間にか私も、この言葉にうなずいてしまう年齢になっていた。

 7冊のアルバムを荷造りすることから始まった家じまいは、これからが本番。いろいろ大変なことが待っていそうだけれど、父も私も一番若い今、重い腰をあげようと腹をくくったのである。

   

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角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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