父は、ずんずん前に進んでいる。
転倒して大腿骨を骨折し、手術を受けてから2カ月が経った。お世話になっている病院は、コロナ対策のために入院患者の面会は全面禁止。まだ一度も、父と顔を合わせることができていない。
その間、私は父のいないお正月を過ごし、七草粥をすすり、父のぶんまで盛大に節分の豆をまいた。「コロナ退散!」「痛いの痛いの飛んでゆけー!」なんでもありの厄払いだ。
おかげさまで、術後の経過は順調らしい。車椅子に慣れるところからはじめて、20日後にはリハビリ病棟に移り、歩行器を使って移動できるようになった。そして今は、杖をついて歩けるまでに回復したそうだ。
93歳の父が、私の知らないところで頑張っている。「寝たきりになりたくない」どころか、骨折する前の生活ができるようになることが、父の目標なのだろう。それは野望でも希望でもなく、現実になる日がきっと来る。私もそう信じて、直接手助けはできないけれど、手紙や差し入れで心ばかりのエールを贈っている。
入院している父への届けものに、「差し入れ」という言葉を使うのもどうかと思うが・・・外部との接触を断たれている今の状況には、これ以上ぴったりの言葉はないだろう。
差し入れといえば、先日、病院を訪れたときに看護師さんとこんなやりとりがあった。「食事は毎日しっかり食べておられますよ。お菓子もお好きなんですね」「あ、もしかして、あんまり届けないほうがいいんでしょうか?」「いえいえ、構いませんよ。ほかの患者さんが食べているのを、うらやましそうに見ていらっしゃることもあるので」「へっ!? そうなんですか?」
あっちゃー。父にそんな思いをさせていたなんて、娘としてはトホホである。病院の食事も治療の一環だと思い、一度に届ける食べものの量は、あえてほどほどに抑えていたのだ。それに、これまで何度か届けたけれど、父はどうやら一気に食べてしまうらしい。
この話を聞いた日は、たまたま多めに差し入れを用意していたので、「こちらで管理しましょうか」という看護師さんの言葉に甘えることにした。なんでもがっつり食べる父の場合、お菓子が好きというよりも、食事の量が足りないと感じているのではないか。そうだとしても、入院中の食事のことは、お任せしたほうがいい。
そのかわり、父が入院してからずっと気になっていたことを、ぶっちゃけて質問してみた。
「認知機能のほうは、どうでしょうか?なにぶん高齢なので、入院生活がつづくと、ちょっと心配なんですが・・・」「大丈夫ですよ。ぜんぜん問題ありません」「そうですか!」「毎日、新聞を読んでおられますし。本もお好きなんですね」「はい。ありがとうございます。安心しました」
胸のあたりにあったもやもやが、スーッと晴れていくのを感じた。父は、どんな時でも、どこにいてもマイペース。認知機能のことで、娘が気をもんでいるとは思ってもいないのだろう。
もちろん、それでいい。思うままに食べることと読むことを、カラダと脳の栄養源にして、93歳のリハビリは今日もつづくのだ。
【次回更新 その44】
2021年4月3週目(4月12日~16日)予定
投稿者プロフィール
- 広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」
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