その62 空き家になる前に

 父が、故郷の家じまいを決断したのは90歳のときだった。

 肩の荷を下ろしてすっかり身軽になった95歳の今は、有料老人ホームで暮らしている。将来、娘たちに降りかかるかもしれない空き家問題を、父は自分の代で回避してくれたのだ。

 先日、相続登記がされないまま放置された家や土地が増えているというニュースを見た。空き家が台風や地震で壊れたり、放火などの犯罪に巻き込まれたり。隣近所に迷惑をかけて、損害賠償を請求されているケースもあるらしい。5年前までの私なら、「どうしよう。他人事じゃない」と胸がザワザワしたはずだ。

 父の故郷は私の本籍地でもあるが、住んだことがないので土地勘がほとんどない。亡くなった祖父母から父が相続した土地や建物が、どこにどれだけあるのかもよく知らない。いや、まずは、家にある大量の物をどうやって片付けようか・・・。考えはじめると頭がボーッとしてくる。で、とりあえず考えるのをやめる。この繰り返しで、手つかずのままになっていたのだ。

 なので、父が自分から「家を処分しようと思う」と言い出してくれたときは、心底ほっとした。目の前の霧が晴れたような気がしたのだ。「立つ鳥跡を濁さず。住まんようになった家はマイナス財産じゃ」という父の言葉に、90歳の覚悟のようなものも感じた。

 
 いざ動きはじめたら、これがなかなか一筋縄ではいかない。登記簿の名義が祖父母のままになっている場所があったのだ。このままでは、すぐには売却できないらしい。「このあたりじゃあ、みんないちいち名義を変えたりせんからの」と苦笑いする父の横で、私も力なく笑った。

 何代もさかのぼって相続登記を見直すと、関係する人がどんどん増えて、必要書類を揃えるのにとんでもない時間と労力がかかる場合があるそうだ。これはもう、素人にはお手上げである。

 わが家の場合は、名義変更の手続きから専門家にお願いして、なんとか無事に家じまいができた。世間を騒がせている、空き家問題の当事者にならずに済んだのだ。

 ちょっと硬い話をさせてもらうと、こうした問題を防ぐために、2024年4月から相続登記が義務化されるそうだ。ということは、これまでは義務ではなかったワケで、わが家のように亡くなった人の名義のままになっているケースは多いのではないだろうか。余計なお世話だけれど、この法改正は、家と土地の行く末について家族で話し合うきっかけになるかもしれない。

 2年前、新型コロナウイルスで県外への移動が制限されはじめたとき、家じまいをしてくれていて良かったと、あらためて父に感謝した。放置する気はなくても、空き家になってしまう可能性はあったのだ。

 そのことを父に伝えると、「こうなることを予想しとったワケじゃあないが、まあ、わしの手柄かの」と冗談めかして笑った。はい。お父さん、大手柄でございますよ。

【次回更新 その63】
2022年11月3週目(11月14日~18日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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