その38 人生の衣替え

 父は、着るものに無頓着だ。

 放っておくと、何日も同じものを着ようとする。一緒に暮らしていたときは、なかば強制的にひっぺがして洗濯をしていた。「まだ汚れとらんが」「汗かいてるからね」「洗濯が大変じゃろう」「洗濯機が洗ってくれるから大丈夫」「ほうか。着替えるんは、ちーと面倒くさいけどの」と、首をすくめて本音をポロリ。

 ほかのことは何でも先回りしてやろうとする父が、なぜ着替えだけは後回しにするのか。よくわからないまま、洗濯機を回す前にはいつも、こんな父娘のやりとりを繰り返していた。

 食べこぼしを見つけて着替えのシャツを渡そうとしても、「年寄りがカッコつけてもしょうがない。誰も見とらんわー」とすぐには受け取らない。「年寄りだからこそ、キレイにしとかないと嫌がられるよ」と、私もつい厳しい言葉を口走ってしまう。

 シミになる前に洗っておきたいという、こちらの都合も正直ある。年を重ねるほど清潔感のある服装がいいという、私の思いを押し付けたかもしれない。けれど、着替えたあとは決まって「気持ちがええのう」と父は言うのだ。だったらなぜ???

 服装に関しては、着ごこちのいいものしか着たがらないという頑固さもある。こだわりではなく本能だ。カラダをしめつけないもの。肌触りがいいもの。脱いだり着たりがラクなもの。奮発してブランドものをプレゼントしたのに、あまり着てくれなくてガッカリした経験も踏まえて、父の服を選ぶときは着ごこち最優先だ。

 ちなみに、父がハンガーラックから手に取る頻度の高い服を観察していると、ユニクロさまさまである。



 老人ホームに入居するときは、着たきり雀かどうかスタッフの方にわかりやすいよう、ぱっと見の印象が異なるデザインの服を選んで持って行った。

 そして、家で使っていたハンガーラックと同じものを用意して、下着を除く全ての衣類をかけておくようにした。日々の洗濯はホームでしてもらえるので、父が洗濯物を畳む手間が省けるし、汚れたままの服を仕舞い込まないための作戦だ。

  ただひとつ、私が「あちゃ〜」とやっちまったことがある。いつも着ているパジャマの横に、新しく買ったパジャマもかけていた。ちょっといい生地の落ち着いたチェック柄だ。

 ある日、父はその上着を着て、みなさんと食事をするホールに現れたらしい。それを見たスタッフの方は、パジャマのままうろついていると思い、父の認知機能を心配された。それはそうだろう、パジャマ姿なのだから。

 父としては、新しいシャツがハンガーにかかっていたので、それを着て食事に行っただけのこと。パジャマからパジャマに着替えてしまったのだ。

 父が服装に無頓着なのを知っていながら、紛らわしいことをした私が悪い。でも、でもね。あれはどう見てもパジャマでしょうよ、お父さん。

 衣替えの時期には、ハンガーラックの服をごっそり持ち帰って、くたびれ加減をチェックしている。どうやら、あのパジャマはあまり出番がないようだ。着て寝るには、よそ行きな感じがして寛げない。かと言って、よそ行きにはならない。洒落たパジャマに罪はないが、父の人生の衣替えにおいては、不要なものになりそうだ。



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profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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