その33 こんなときこそ言葉の力

 父も私も、ちょっと甘かったかもしれない。

 前回は、新型コロナウイルスの影響で、父がお世話になっている老人ホームが面会中止になったことを書いた。当面、だと思っていた。次回はきっと、父に会えるようになったことを、笑い話の一つでも添えて報告できるだろうと高を括っていたのである。

 92年間生きてきて、戦中戦後の暮らしを体験した父にとっても予期せぬ事態。世界中がこんなことになるとは、思ってもみなかっただろう。

 面会ができなくなって2カ月。耳が遠い父と電話でやり取りをするのは、やはり難しい。今の状況では、父の元気な声を聞けるだけでもありがたい。私から伝えたいことがあるときは、文字の出番だ。

 というのも、父には会えないけれど、差し入れなどはホームの受付にことづけることができるので、手紙を添えて渡してもらっている。まぁ、手紙といってもメモ書きのようなもので、こんな感じの内容だ。

 受け取った父から、電話がかかってきた。「おお、ありがとうの。手紙がうれしゅうて何回も読んだわい。ありがとありがと・・・」。

 面食らった。業務連絡のような手紙を、父がこんなに喜んでくれるとは思っていなかったのだ。

 電話の向こうの父には、私の声はほとんど聞こえていないので、「元気でね!」とだけ大声で伝えた。「わしは元気じゃけぇ、大丈夫じゃ。体に気をつけて、無理せんようにの」と、いつも通りの言葉で私の身を案じてくれた。

 そのとき思った。これまでも、父に大事な話をするときはメモを見せながら伝えていたが、これからは、たわいない話こそ文字にして伝えようと。

 こうして2カ月間の出来事を振り返ってみると、私がいちばん気をもんだのは、父が定期的に受診している病院に行けないことだった。外出が制限されるまでは、毎日服用している薬がなくなる前に処方してもらい、検査や注射も受けていた。

 どうしたらいいのか。判断できないので病院に相談すると、コロナ対応として、薬は本人が受診しなくても処方してもらえることになり、予定していた検査と注射は延期してもらった。医療従事者の方々には、お忙しいなか、とても親身に対応していただき、感謝の言葉しかない。「いつでも連絡してくださいね」というひと言に、どれほど救われる思いがしたか。

 そして、いつも以上に明るい声で、父のケアをしてくださっているホームのスタッフの方々、本当に本当にありがとうございます。

 こうして父のことを書いていると、父のおかげで出会うことができた皆さんの笑顔が浮かんでくる。「いつも通り元気じゃ」という父の言葉を、電話で聞くことができるのは、皆さんの助けがあってこそだ。

 私も下を向いてはいられない。父がちょっとでも笑えるようなネタを探して、たわいない手紙を書き続けることにしよう。

【次回更新 その34】
2020年6月4週目(6月22日~26日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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