“七転び八起”で超える老いの坂道―人生100年時代の介護人間模様―

春日キスヨ-人生100年時代の介護人間模様

皆さん、はじめまして。今回から、このコラムを担当することになった春日です。私が介護問題について研究し始めたのは1990年。介護保険制度もない昭和から平成への変わり目でした。

それから30数年、臨床社会学者として現場に出向き、介護が必要な高齢者、高齢者支える家族や支援者、施設職員など、さまざまな立場で介護に関わる人たちから話を聞いてきました。その中で学んだことは関わる立場が異なると、味わう苦悩や痛み、喜びや感動も異なり、そこから立ち上がる「情景」「世界」が異なってくることです。

そしてこの間、日本社会は大きく変わり、介護が必要な高齢者の境遇も、介護をめぐる家族関係も、社会的支援のあり方もすっかり変わってしまいました。加えて私自身も80歳間近になり、「どこで誰に、どう介護して貰うか」を他人事ではなく自分事として考えるようになりました。

ここではこれまで私が聞いてきた話をもとに、超長寿化が進む現代日本の介護をめぐる悲喜こもごもの家族の「情景」、それを通して見えてくる暮らしの変化、社会の変化、わたしからの提言、等々、あれこれ書いていきたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

日本人の寿命観。多くの人は「何歳まで生きるだろう」と考えているか。

で、突然ですが、読者の皆さんに質問します。

「自分は何歳ぐらいまで生きると考えておられますか」

いろいろな答えが返ってきそうです。「自分は80歳くらいまで」「いや、私は90前後だろう」「わたしは100歳まで」「そんなに長生きしたくない」など、など。

私が開いた60~80歳代の女性を対象とした「人生100年時代の暮らし方」というワークショップがあります。その参加者に同じ質問をしたとき、高齢者でも年齢による興味深い違いがありました。6、70歳代と80代以上では寿命観が大きく異なっていたのです。6、70歳代では自分の人生は80代までと考える人が多く、80代になってやっと「自分はどうやら80代では死ねないようだ。だとしたら長寿期をどう暮らせばいいのか」というイメージを持つようになるようなのです。各年代の人たちがあげた「寿命観」を紹介してみましょう。

先ず、60代。

「私死亡86歳」 
「80歳以上のわたし、想像できません」
「85歳まで病死する」
「80代後半でエネルギー使い果たして元気な状態で没となりたい」。
「90歳以上、本人死亡」

70代前半の人が持つイメージも60代の人たちと同じようなものです。

「80歳で死亡(希望として)」「84歳で私の人生終わる」
「90歳以上考えられない」
「女性の平均寿命(87歳)ぐらいで他界するのでは」
「80代前半仏の教えを守り心の安定を得て自分がしたいように生きている」

70代後半になると少し変化がみられるのですが、それでも90歳以前に死亡したいという回答が多いのです。 

「84才人生終了の予定」
「85才~どこかの施設へ入れて貰い寿命まで生きる」
「85才他界を希望」
「楽しい思い出を作って、ピンピンコロリと。老人ホームで幼稚な活動をさせられるなら死んだ方がましかも」

そして、80歳を超えるとやっと、自分は長寿期を生きねばならないという覚悟が生まれ、長寿期の生活についての具体的イメージを持つ人が増えてきます。

「現況が最後まで出来るように心がけて生活する」
「身体自立度の低下を防ぐよう前向きに物事を考える」
「80代までボランティア、90歳以上ボランティア活動引退」
「近隣の人たちとつながりを持つ」
「最後まで活動続けたい」

こうした傾向は、国や民間調査会社が実施した「あなたは何歳まで生きたいですか」という調査結果でも同様にみられ、「多くの人が自分は80代前半ぐらいまで生きるだろうと考えている」と報告されています。そうした事実から多くの日本人の寿命観はまだ80歳代にとどまっていると言えそうです。

現実には「死亡者数が最も多い年齢」は女性93歳、男性88歳

では実際には最も死亡者数が多い年齢は何歳なのでしょうか。男女で大きく異なっています。第Ⅰ表をみてください。これは、死亡する人の数が最も多い年齢は何歳かを年次別にみたものです。

これをみると1980年から2020年の間に死亡者数が最も多い年齢が女性は84歳から93歳へと9歳上昇。男性もこの間80歳から88歳へ8歳上昇。短期間の間に長寿化が進んでいます。平均寿命は女性87.2歳、男性81.09歳なのですが、男女とも平均より6歳ほど長生きする人が多くなっています。さらに、それより長く生きる人もいて女性では95歳まで生存する人の割合が27.9%でほぼ4人にひとり。男性では10.5%と10人にひとりとなっています。

こうした数字は多くの人が余力の残る80代前半までにピンピンコロリであの世に逝くことが出来ず、「寄る年波には勝てず、人様のお世話になりながらの長寿期10数年」という新たな「人生ステージ」を生きる時代になっていることを示しています。

長寿化は介護される人、介護をする人の年齢の幅を広げ、関係の多様化をもたらした

こうした長寿化が進むことで、介護する人、される人の関係も大きく変わっています。大きく変わったことのひとつは、要介護状態になる人の年齢が高年齢化したことです。

「国民生活基礎調査」(2019年)で要介護者の年齢をみると、要介護者年齢で最も割合が多いのは80歳代の42.7%、次に90歳以上の25.3%、その次が70歳代の23.7%。40~60歳代が8.3%です。ちなみに近年まで90歳以上より70歳代の要介護者割合の方が多く、さらに、要介護者の年齢区分に「90歳以上」が付け加えられたのはつい最近です。それまでは年齢区分の一番上位は「85歳以上」で、国の調査の年齢区分も変更せざるをえない程、あっという間に長寿化が進んだのです。

そんななか、わたしたちが日常生活で目にする介護家族の形も変わってきています。介護される人も、介護する人も長寿期高齢者というのを見かけるようになりました。私が聞かせて貰ったなかに、要介護1の妻がヘルパーの力を借りながら要支援2の夫の世話をしているというのがありました。

「元来酒豪の夫。今は薄めた焼酎1杯だけだが、必ず酒の肴がいる。妻が家事をするのが当たり前で、しかも、台所で立ち仕事をするのが辛い妻が必死の思いでお浸し(おひたし)を作り、ヤレヤレ自分も食べようと食卓に座ってみれば、そのお浸しを夫がもう全部食べてしまっていることが多い。とにかく、おじいさんの世話をするのが辛い、情けなくて涙が出ると、姪に電話でときどき訴えてくる」

で、ここで突然またまた、皆さんに質問。この夫婦、何歳と何歳の夫婦だと思いますか。70歳代夫婦でしょうか、それとも80歳代夫婦でしょうか。 
この夫婦の家を姪にあたる女性が訪問した時の会話、つまり叔父、叔母、姪という関係の3人の会話をその場に居合わせた姪の娘が記録したものを紹介しましょう。

【姪】すっかりご無沙汰して。気になりながら、自分の身体のことで精一杯で。お兄さん、変わってないですねぇ。元気そうじゃ!
【夫】いやぁ、年をとったよのぉ。はあ、死んでもええ思うんじゃが、なかなかお迎えがきてくれんから、死なれもせん。
【妻】ほんまよぉ、早う迎えに来てくれりゃいいのに、来てくれん。しんどうていけん。
【夫】あんたぁ、何歳になったんか?
【姪】もう、90になってしもうた。
【夫】90?わしが96になったんじゃが、そうかぁ、あんまり変わらんの
【姪】兄さん、歩くのはどうなん?
【夫】杖をついたり、手すりをつとうて、まあ歩ける。じゃが、外には出れんようになった。
【姪】お姉さんはいくつになって?それに腰の方はどんなふうなん?
【妻】ほうよ、わたしももう93歳。杖をついて歩くのがやっとで、しんどい。はあ、流しには長く立てんようになった。


以上ですが、皆さんお読みになって、もう夫婦の年齢が何歳なのかおわかりになりましたね。夫96歳、妻93歳。訪れた姪が90歳。

93歳の妻が96歳の夫の介護を担うケースだったのです。私は話を聞きながら叔父・叔母、姪がともに90歳代であることに驚くと同時に、「へえー、ここまで超長寿化が進み、介護関係も変化しているのか」と、認識を改めました。

しかし、目を開き、耳を澄ませば、皆さんの周囲にもこうした長寿期夫婦が増え続けています。「早う迎えに来てくれりゃいいのに。来てくれんのよ。しんどうていけん」。こうした声があちこちで聞かれる時代になっているのです。

でも、長寿化が進む現代日本の介護問題はこうした長寿期介護に関わるものだけではありません。皆さんは新聞やマスコミなどで「ヤングケアラー問題」というのを目にされたことはありませんか。中学や高校・大学に通う若者世代(子どもたちと言っていいかもしれません)が両親や祖父母の介護に時間をとられ学校を休み、学ぶ権利を失っているという問題です。

この人たちは先ほどみた要介護者年齢割合で8.3%を占める40~60歳代の人たちの介護を担っている場合が多いのではないでしょうか。そう考えると現代日本の介護問題を抱えた人たちの年齢が100歳代から10代までの幅広い年齢層に広がっている
そして、介護問題を抱える人の年齢が異なれば、介護する人、される人の続き柄も異なり、また年代によってそれぞれの家族観も異なってきます。さらに、次回で述べますが、高齢者家族でも長寿期夫婦暮らし、ひとり暮らし、シングルの子との同居など、かっての家族と比べて大きく変化し、そうしたなか介護専門職者の支援なしには成り立たない家族も多く、その意味でも一括りに出来なくなっているのが家族介護の現状です。

今回と次回は総論的に長寿化と家族変化に述べるつもりでしたが、家族変化については述べることが出来ませんでした。それは次回に譲り、その後第3回目から、介護をめぐる様々な暮らしの情景を描いていきたいと考えています。

皆さん、自分の「寿命観」を変えましょう。現代は「80代では死ねない。90代半ば、ひょっとすると誰もが100歳まで生きる時代」

投稿者プロフィール

春日キスヨ
春日キスヨ
九州大学大学院博士課程中途退学。元松山大学人文学部社会学科教授。専門は臨床社会学。父子家庭や不登校問題、高齢者介護の問題などについて永年研究。
現在、「高齢社会をよくする女性の会・広島」代表。
著書として、シングル子介護、夫介護など現代社会が抱える家族介護の危機状況を分析した『変わる家族と介護』(講談社現代新書)。山川菊栄賞受賞『介護とジェンダー』(家族社)。『介護問題の社会学』(岩波書店)。鶴見俊輔・徳永進・浜田晋共著『いま家族とは』(岩波書店)など。近著として『100まで生きる覚悟』(光文社新書)、中国新聞「夕映え、そのあと先」連載。

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