アウトサイドからこんにちは!

#13 2018.10.10
最新話

飛び交う対話

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一の
アウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
話題の新刊「アウトサイド・ジャパン」には、このコンテンツに登場した表現者も掲載されています。
今回は、生き霊と対話しながら大作をつくり続ける与那覇俊さんを取材しました。

沖縄県豊見城市 与那覇俊(よなは・しゅん)

思いかけず出会った作者の妹

1,000点を超える作品が並ぶ「ポコラート全国公募vol.8応募作品一挙公開!!」の会場に飾られていた1枚の絵の前で、僕は足止めをくらってしまった。

目の前には、3メートルほどの大きな紙に12色の油性ペンを使って描かれた絵画があった。色彩が氾濫したような画面には、さまざまな文字や数字が細かく記されている。ある部分は、何かの理論や数式のようでもあり、ダジャレのような言葉遊びの謎かけに想像を巡らせるのが楽しい。またある部分は、誰かに向けて発せられた台詞や主張のようでもあり、作者の思考回路を覗き見ているようで、少し怖さも感じる。作者名や制作背景など全くわからないのに、ただ僕は一枚の絵にこころを鷲掴みにされてしまったのだ。

その日から、あの絵は僕の頭の片隅にずっと寄生していたが、出会いは突然やってきた。以前、僕が開催したツアーに参加してくれた女性の兄が、あの絵の作者であることが判明した。すぐに彼女を通じて連絡を取り、作者が暮らす沖縄へと足を運んだ。

 

アーツ千代田3331「ポコラート全国公募展vol.8」より
アーツ千代田3331「ポコラート全国公募展vol.8」より

 

絵にするのは見聞きした情報

沖縄本島南部に位置する豊見城市。ここに作者の与那覇俊(よなは・しゅん)さんが、両親と暮らしている。1979年に4人きょうだいの長男として生まれた与那覇さんは、高校を卒業したあと、茨城大学理学部に進学した。

「初めてキャンパスに足を踏み入れたとき、どこからともなく聞こえてくる調べに心が震えました」

その音色は、ラテンアメリカ諸国の民族音楽である「フォルクローレ」であり、大学時代はサンポーニャやケーナといった民族楽器の演奏に熱中した。大学2年生が終わると、1年間休学して南アメリカ中部にあるボリビアで音楽を学んだ。現地ではプロの集団と一緒に演奏することもあったようだ。

 

 

 

転機が訪れたのは、大学4年生になったときのことだった。「話したらバカにされますけど、おじいさんの幽霊が頭の後ろにいるのに気づいたんです。その人は大学の先生で、つまり生き霊なんです。そこからすごく大変で、おじいさんを振り払おうと自転車で大学から水戸の街へ逃げたこともあります。『たくさんバイトをしてお金貯めて会社をつくったら取り憑くのをやめてください』と、その霊に約束しようとして、コンビニや道路工事、選挙事務所など色々なバイトをしました」。

与那覇さんは家族に助けを求め、当初は「怠けているだけでは」と半信半疑だった家族も彼が苦しんでいる様子を目にして、家族全員で大学生活の最後の1年をサポートし続けた。通院先での診断名は、精神疾患だった。彼も家族も「病気」だと認めたくはなかったが、もう認めるしかない現実があった。

6年かけて大学を卒業したあとは、沖縄に帰郷。近所の居酒屋や八百屋などで短時間のアルバイトをしていたが、料理をこぼしてしまったり臨機応変に対応できないことがあったりと精神的にも不安定な状態が続き、どの仕事も長続きしなかった。「おじいさんは脳みそに黒い腫瘍があるんですよ。僕にも引っ付いているから、僕の頭も回りづらくなりました」と与那覇さんは、当時を振り返る。

 

 

 

2007年からは、薬の調整とこころの問題をリセットするため何度か入院も経験した。病院からの紹介を受けて、2013年からは、豊見城市地域活動支援センター「ゆい桜」という福祉事業所に通い始めた。2013年9月に、そのころ利用していた那覇市地域生活支援センター「なんくる」で見た知人の作品に影響され、「僕も挑戦してみよう」と与那覇さんは突然絵を描き出した。

当初は小さな紙に描いていたが、いつの間にか全紙サイズの画用紙を使うようになった。自分の気持ちを吐き出すように、画面の中央や至るとこには、あの「おじいさん」が登場し、さまざまなセリフを呟いている。ふいに甥っ子の名前が登場することだってある。自分が見聞きした情報が絵に反映されているというわけだ。

そうやって描いた絵画が、同年11月に開催された県内の障害のある人たちの公募展「こころの芸術・文化フェスティバル」で最優秀賞を受賞。そのことが与那覇さんにとって絵を描き続ける原動力となった。

 

作品の部分:至る所に「おじいさん」が描かれている
公益社団法人沖縄県精神保健福祉会連合会「こころの芸術・文化フェスティバル」で最優秀賞を受賞した作品

 

生き霊も病気も、家族も共存

以後、沖縄だけでなく岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)をはじめ、東京のアーツ千代田3331で開催された「ポコラート全国公募展」でも入賞・入選するようになり、少しずつ彼の作品に魅了される人たちが増えてきている。家にいるときも「ゆい桜」にいるときも絵を描き、いつの間にか絵を描くことは、与那覇さんの生活の中心を占めるようになった。

「白黒の作品は1000枚以上あります。2年前から色をつけた作品を描いているんですけど、それは100枚以上ですね」

 

 

 

自宅で、現在は作品置き場になっている部屋を見せてもらったが、両親が彼のために自作した棚はもはや意味をなしていない。それほど絵のサイズは大きくなり、物量も増えているわけだ。室内には多量の作品が山積みになった開かずの扉が2つもあった。

そして、向かいの本棚には、病気や法律の専門書、漫画などさまざまなジャンルの本がたくさん並べられており、病気になってから古本屋などで収集をはじめたようだ。本を読んでインプットした情報を絵としてアウトプットする、そうした一連の行為が垣間見えるようで面白い。

別の部屋には、畳一面に大きな作品が広げられており、「岡本太郎現代芸術賞」と県内最大の総合美術展「沖展」に今後応募する作品が既に仕上がっていた。2階に目をやると、踊り場の壁面には、今年の「沖展」で浦添市長賞を受賞した大作が飾られている。

 

 

 

作品を出展する際の額装や裏打ち、郵送作業などは全て家族が協力しているそうだ。「こんな笑って過ごせる日が来るなんて」と同席していた三女がつぶやいた。僕には想像もできないような困難を経験し、こうして作品が評価されることで、いまでは本人や家族にも笑いが溢れている。

「おじいさんの生き霊と色々話した結果、応援してくれるようになりました。途中からは白い脳腫瘍を持った女性の生き霊が僕に取り憑いているんですが、最近は『助けてほしい』と訴えてきてますね」

いまの近代的な科学的世界観のもとでは、与那覇さんのような発言は「妄想」と判断されるかもしれない。でも、「おじいさん」や「女性」の生き霊が いないこと・・・・・ を誰も証明できない以上、僕らは彼の発言を一蹴するのではなく、敬意を持って傾聴するべきだろう。

 

 

そして、そうした不可視の存在を絵の中に描くことで、与那覇さんは病気とうまく付き合っているように思える。僕が彼の絵に魅了されたのは、その絵の中に僕らと交信しようとする姿を感じたからだ。

画面に描かれたダジャレなどに気付いたとき、吹き出してしまいそうなことがあるし、きっと与那覇さんも次に僕らを楽しませる、とっておきのネタを仕込んでいることだろう。考えただけで、わくわくしてくる。こうした作者と鑑賞者の間に起こる「対話」こそが、ほんらい作品が持つ力と言えるのではないだろうか。

 

 

 

 

【次回更新 #14】
2018年11月4週目(11月19~23日)予定

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profile

櫛野展正(くしの のぶまさ)

文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。
2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、
広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。
2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。
社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。

kushiterra

住所:広島県福山市花園町2-5-20
URL:http://kushiterra.com

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