アウトサイドからこんにちは!

#18 2019.03.19

生き延びるための装飾

まだ世の中に知られていない表現や作品を発掘する日本唯一の
アウトサイダー・キュレーター櫛野展正(くしの・のぶまさ)によるコラム。
4/12より東京ドームシティにて、隠れた芸術家たちの作品が一堂に会する
日本初の大展覧会「櫛野展正のアウトサイド・ジャパン展」が始まります。
今回は、身体ごと引き込まれる神秘的な装置の作者・渋谷尚代さんを取材しました。

愛媛県松山市 渋谷尚代 (しぶたに・なおよ)

世界的な靴デザイナー

日本最古の名湯とされる道後温泉があり、正岡子規や夏目漱石ゆかりの地としても知られる愛媛県松山市。市内のとある平屋建て住宅が立ち並ぶ一角に今回の目的地はある。住宅の扉を開けると、真っ白な内装のなかに巨大な作品群が現れた。一見すると彫刻のような白い塊に、どこか暖かみを感じてしまうのは、素材に使われているのが機械のクッション材として使用される工業用フェルトという布だからだろう。

いまにも天井に届きそうな祭壇のような作品は、「セイントルルド」。隣の部屋いっぱいに横たわる神秘的な十字架をかたどった作品は、「パラレルクロス」。本来は2つで1セットの作品だが、スペースの都合上、別々の部屋に設置しているそうだ。カーテンから覗く木漏れ日が、2つの作品に降り注ぐ。光に反射してキラキラと輝きを放っていたのは、ひとつひとつ針と糸で縫い付けられた天然の真珠や貝、ビーズだった。その数、約100万個。気の遠くなるような作業を2年ほどで仕上げてしまったのが、こうした作品群の作者、渋谷尚代 (しぶたに・なおよ)さんだ。

 

祭壇のような作品「セイントルルド」
十字架をかたどった「パラレルクロス」

 

1962年に香川県観音寺市で生まれた渋谷さんは、2歳のとき松山市に引っ越してきた。小さい頃から優等生タイプで曲がったことが許せない子どもだったという。

「手編みの先生だった母から『女の子でも手に職をつけたほうがいい』と言われていました。小さい頃からピアノを習っていましたが、プロにはなれないから音楽の教師にでもなろうと思っていたんです」

中学校では美術部へ入部。油絵などに取り組んでみたものの上手く描くことができず、あまり良い思い出は得られなかったようだ。両親が共働きで小さい頃から留守番をしながら育ったため、学生時代も家で本を読んだり絵を描いたりピアノを弾いたりと、ひとりで過ごす時間が好きだった。

大学受験に失敗したとき、「自分には才能がない」とピアノを断念。浪人してから、おしゃれ好きだった母の影響から、服飾に興味をもつようになった。やがて人と同じことでいることが嫌になり、同志社大学文学部美学芸術学科へ進学。母から「同志社に進学するのなら1番目立て」と後押しされ、当時としては奇抜なボウルヘアの髪型でDCブランドを着こなすようになり、コム・デ・ギャルソンのデザイナー・川久保玲に憧れを抱いた。

 

 

 

美学よりも服飾に興味関心が移った渋谷さんは、大学を2年で中退し、新しく東京に開講した「エスモード・ジャポン」へ進学。そこで1年半ほど勉強したあと、23歳のときにパリにある姉妹校「エスモード・パリ」へ留学した。在学中に、フランスの婦人靴ブランド「FREE LANCE」の研修に入り、そこでデザインした靴は、コピー商品が出回るほど人気になった。その腕を買われ、卒業後はそのまま「FREE LANCE」に就職。華々しい商業デザインの世界で、渋谷さんがデザインした靴は大ヒットを記録した。

その後は、イギリスのブランド「RED or DEAD」とも契約を結び、靴のデザイナーとして、パリ、ロンドン、そして日本で働くようになった。3カ国を飛び回る仕事は多忙を極め、それぞれの国で求められるものが違うため、次第にデザインを考える時間さえなくなってきてしまった。「RED or DEAD」に在籍していたとき、ロンドンで出会ったのが、デザイナーのコシノミチコさんだ。「MICHIKO LONDON」の靴を制作したことがきっかけで、渋谷さんは「MICHIKO LONDON」のデザイナーとして起用され、時計や雑貨などの小物のデザインを担当するようになった。

「だんだん仕事の量が増えて忙しくなり、『MICHIKO LONDON』の本社がある日本で働かなければならない時間も多くなりました。もともと会社組織には向いていない人間だったので、次第に息苦しくなってきたんです。数年分のストレスを抱え辞めたい一心で母に相談したところ、『独立したほうがいいんじゃない』と背中を押してくれました」

 

 

 

肉体と魂との違和感

「自分だけでモノづくりをしてみたい」と30歳で独立。しかし、何かをつくれるわけではなかった渋谷さんは、得意だった手芸の腕を生かしてフェルト雑貨などの制作を始めた。企業などへの持ち込みを始めたが、当時は「雑貨アート」と言う分野があるわけではなく、良い反応は得られなかったそうだ。

あるとき、下北沢のギャラリー「EX.」に置いてもらえたことがきっかけで、状況は一変。ファッション雑誌などへ掲載されるようになり、雑貨アーティストとして活躍するようになった。1993年ごろのことだ。とくに絨毯の下に敷く硬くて薄いパンチカーペットを素材に使った小物入れや時計などは、とても人気を博した。

女性向け雑誌などで渋谷さんが製作したオリジナルの雑貨が注目を集めるようになったが、待っていたのは、デパートなどからの注文に追われる忙しい日々。

「そのときから雑貨制作に工業用フェルトを取り入れていました。人気になったのは良かったんですが、ひとりで全ての雑貨を制作するのが凄い数になって、頑張りすぎてメンタルを病んでしまったんです。朝起きると、勝手に涙が出てきていましたね。コム・デ・ギャルソンなどアバンギャルドなものが好きだったのに、いつの間にか女性が好きなものをつくらなきゃいけないというジレンマを常に抱えていました」

 

 

 

渋谷さんは、幼少期より女性という自らの体に対する違和感を抱えて生きてきた。これまで、何度か女性を好きになった経験もある。女性の体は嫌だが、男性になりたいわけでもない。そうした不安定さは、性のあり方を「男」「女」の2種類や「LGBT」という4種類に分けたときに、どれにも当てはめることができない「Questioning(クエスチョニング)」という概念に相当する。そんな渋谷さんにとって、自らが携わる「手芸」の持つ女性的なイメージは、きっと違和感だらけだったはずだ。

 

 

そんなとき、PARCOが主催する公募展に応募したところ2000点を超える作品のなかから渋谷さんの作品は大賞を受賞した。それが、別室に鎮座してある作品「NIRVANA(ニルヴァーナ)涅槃」だ。作品名にある、NIRVANA(ニルヴァーナ)、つまり涅槃(ねはん)とは、あらゆる煩悩が消滅し苦しみを離れた悟りの境地のことを言い、涅槃には、肉体のある状態で悟りを開く有余涅槃(うよねはん)と肉体も滅して心身の束縛を完全に離れた悟を開く無余涅槃(むよねはん)の2つがあると言われている。

 

NIRVANA(ニルヴァーナ)涅槃

「精神的なものをつくりたいとずっと思っていて、どうしたら良いか分からなかったけど、とにかく何か白い塊をつくりたかったんです。人間は、肉体のなかに魂が入った生き物だと思っていて、それは私がいままで感じていた肉体の違和感と結びつくんです」

渋谷さんによると、この作品は無釈迦様やお地蔵様やマリア様の立場になったら、わたしたちの生きているこの世界はどう見えるのか感じるための椅子だという。蓮華の華のようにも見える台座と背面の十字架の組み合わせは、あらゆる宗教を内包している。じっと眺めていると、真の意味で悟りの境地、つまり無余涅槃の状態になったときに僕らが座るために準備された椅子のように思えてくる。

 

 

 

「大賞を受賞してもバブルが弾けたあとだったから、何も状況は変わらなかったんです」と語る渋谷さんだが、この作品を機に自らの作風を確立。和をテーマにした「天空和室」などの作品を経て、いよいよあの大作「セイントルルド」「パラレルクロス」の制作へと邁進していく。

新しくアパートを借りて、「自分のなかですごく神聖な作品だから」と修行僧のように頭を丸め制作に取り掛かった。2年ほどを経て、原宿のギャラリーで発表したのが、2000年12月のことだ。

作品が完成し、悲鳴を上げたのは渋谷さんの体だった。当初、肋間神経痛だろうと思っていた痛みは、じつは結核で、毎日発熱が続き渋谷さんは倒れてしまう。それまで溜め込んでいたストレスで、自律神経が不安定となり、原因不明の目眩が続いた。そのうち、重度のパニック障害となり、常に心臓がドキドキする状態で、家でトイレに行くのも一苦労だった。

 

作品「天空和室」の部分

 

この世界と対峙するもう一つの現実

2004年に渋谷さんは実家に帰郷。いまだ目眩は続き、症状も落ち着かず、外出も怖くてできない状況だった。転機となったのは、高校時代の旧友たちが定期的に渋谷さんを見舞いに来るようになったこと。少しずつ外へも出ることができるようになった渋谷さんは、自身のリハビリも兼ねて2012年の冬に、この部屋を借りた。

「こっちに帰ってきてからも預けていた作品の倉庫代を払い続けていたので引き取ったんです。自分の作品が怖くて展示する予定ではなかったんですが、作品の置き場に悩んで2013年7月に、このアトリエへ出したんです」

当初はリハビリも兼ねてこのアトリエで手芸教室を開催していたが、3年半前に母が他界したことを機に教室も休止。渋谷さんがほんとうにやりたいことは、これらの作品を将来どうしていくかということに尽きるからだ。それだけ渋谷さんにとって、自らが生み落とした作品の価値は大きい。

今から考えると冗談のような話だが、『ノストラダムスの大予言』が流行し、核戦争勃発などの危機に直面するなかで、多くの人が1999年の地球滅亡説を信じていた。渋谷さんも2000年になると世の中の波動が変化すると考え、その前になにかつくらなければならないという使命感で制作したのが、あの大作だ。

「『セイントルルド』は超未来から来た遺跡、『パラレルクロス』はパラレルワールドの考えに基づいて、この棺桶ベッドに横たわったら別の地球の自分になれる装置なんです」

 

超未来から来た遺跡「セイントルルド」

 

渋谷さんが提唱する「この現実とは別に、もう1つ別の現実が存在する」というパラレルワールドの考えは、SF世界ではよく知られた概念だが、近年では物理学の世界でも、その実証の可能性が語られるようになっている。そうした神秘的なエネルギーを内包した渋谷さんの作品群は、余分なものを削ぎ落として研ぎ澄まされている。物事の本質に向き合おうとする渋谷さんの姿勢は、まるで「禅」の美学に通じるものがあると感じている。

 

別の地球の自分になれる装置「パラレルクロス」

 

装飾とは、世界に対する根源的な不安を感じた先史時代の人々が、自らの身体や身近な物に印づけをした行為が起源だと言われている。変わりゆく世界の変化に対抗するため、自らや自らの場所を拠り所とするために人々は装飾を施した。つまり、装飾というものは、不安のなかから産声をあげた。仮にそうした営みをアートと言いかえるなら、「セイントルルド」や「パラレルクロス」という大作をつくりあげた渋谷さんは、まさにこの世界と対峙し、新世界で生き延びるために制作を続けていたのだろう。そして何年にも及ぶ闘病生活を乗り越えた渋谷さんを救ったのも、自らの作品の力なのだ。

こうした作品群は、また別の誰かに力を与えるために、ほんらい設置されるべき場所を求めているはず。きっと、ここではないどこかを。それを渋谷さんと一緒に僕は探していきたい。

 

新作はこれまでの作品と対照的に「黒」で制作

 

 

 

【次回更新 #19】
2019年4月3週目(4月15日~19日)予定

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profile

櫛野展正(くしの のぶまさ)

文・撮影
櫛野展正(くしの のぶまさ)
1976年生まれ。広島県在住。
2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、
広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。
2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。
社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。

kushiterra

住所:広島県福山市花園町2-5-20
URL:http://kushiterra.com

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