その63 あげ膳すえ膳おやつもね

 父の食費が、世の中の動きに影響を受けた。お世話になっている有料老人ホームから、値上げの知らせが届いたのだ。

 食材費、物流費、燃料費の高騰が相次ぎ、仕入れの見直しや献立を工夫してきたけれど、もはや企業努力だけではどうにもならない。現在の栄養バランスを保つために、価格を改定させてください。という内容の文書と、家族の同意を求める覚書が郵送されてきた。

 そうですよね。これだけいろいろ値上がりしたら、仕方がないと思います。

 この施設は食事の評判がとても良く、おいしくてバランスのいい料理を、父は毎日あげ膳すえ膳で食べている。入居前には、家族も一緒に試食をする機会を設けていただき、評判通り、いや、それ以上だと、食のプロの仕事に感動した。どの料理も塩分を控えてあるようだが、うす味を感じさせないうま味があって、彩りもきれい。大人の理想的な健康食なのだ。

 今回の価格改定では、朝食が一食分プラス30円で、昼食と夕食がそれぞれプラス40円、おやつや治療食は変更なし。これで、おいしさと栄養バランスを保っていただけるのなら、ありがたいと思う。介護保険の自己負担割合も上がって物入りではあるけれど、父の健やかな日々を支えてくれているのは、間違いなく食事なのだから。

  

 「食べることは生きること」とよく言われるが、食いしん坊な父にとっては、どストライクな言葉である。ホームの面会が解禁になって「元気だった?」と訊ねたときも、開口一番「おお、何を食べてもうまいわあ」。父の元気アピールは、いつも食べる話なのだ。

 昨日の面会も、挨拶がわりの食べる話で始まったが、父はちょっと残念そうな顔をしてこう言った。「何を食べるかも大事じゃが、誰と食べるかはもっと大事じゃの。早よう一緒に食べられるようになるとええの」

 たまの外食も、父と娘の楽しいイベントだったが、コロナ禍ではいろいろ制限があって難しい。世の中の動きに合わせて、外出制限も緩和されると思うけれど、その日が一日も早く来てほしいものだ。

 父の言葉を聞いて、私も残念そうな顔をしていたのだろう。帰り際、父は私の目を見ながら「まあ、わしは百歳まで生きるから、まだまだ時間はあるわい。気長に待っとれば、なんとかなるじゃろ」と笑った。そして「健康第一じゃ。無理せんようにの。元気でおってくれることが心の支えじゃ」と励ましてくれた。

 毎日の食事だけでなく、娘がいることも父の支えになっているのなら、がんばって生きなくちゃ。

 父には、食費の値上げの話は伝えていない。食べることと気がかりなことを、結びつけたくないからだ。これからもずっと、あげ膳すえ膳おやつ付きのおいしい生活を、心置きなく楽しんでもらいたい。今は、それだけを願っている。

【次回更新 その64】
2022年12月3週目(12月12日~16日)予定

   

profile


角田雅子(かくだ まさこ)
広島市在住。コピーライター、ラジオ番組の放送作家。広告制作会社を経てフリーランスに。備えあればと思い立ち、介護食士やホームヘルパーなどの資格を取得。座右の銘は「自分のきげんは自分でとろう」。
 

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